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がけっぷち

 目を瞑り、意識が奥深くまで沈んでいるのにもかかわらず、朝の日差しというヤツは容赦なく俺をたたき起こすことを好むらしい。閉ざされた瞼の中の視界はやけに赤い。が、次の瞬間、赤かった視界が暗くなりまだ覚醒しきっていない脳にそれは響いた。
「よぉ!迎えにきたぜ!小波!」
ありがとう、もう少し声量を考えてくれ。そう心の中で呟きながら頭から布団を被った。しかしその行動に意味は無く俺に覆いかぶさってきた空の色を映した青によって布団を剥ぎ取られてしまう。
 ヨハン・アンデルセン。アークティック校という、このDA本校の姉妹校からやってきた留学生だ。ヨハンはカードの精霊が見えるようで、会うたびに十代と意味のわからない長話を繰り広げている。爽やか紳士。そのさっぱりとした性格と小さな気遣いが女子に人気。以上、俺の記憶と女子軍団の「あんでるせんしらべ」より。
「はは…何だよそれ」
「心を読むな」
女子たちよ、ヨハンは決して優しくも紳士でもない。おなかの中真っ黒な家族LOVE野郎なのだ。
「……小波?」
「申し訳ない」
ヨハンがあまりにも俺の体に体重を掛けながら低く囁くもんですから、えぇ。即座に謝りましたよ。ところでいい加減どいてはくれないだろうか。重いし暑苦しいし起き上がれないしで豪いことになっている。
「小波が誘ったんだろ?」
「誘ってませんいい加減どけ」
つれないなぁ、とため息を吐きつつも俺の上から退くヨハン。俺がため息を吐きたい。
 ヨハンとタッグを組んではや1週間。この一週間いろんなことがあったなぁ、とダラダラ着替えを済ませば遅い、との本当に容赦のない言葉が俺の少し高い位置から降ってきた。
なんだかなぁ、十代や他の方にはまじで英国紳士な王子様な振る舞いなのに。どうして俺だけこんなに扱いが酷いのだろうか。
「冗談言うなよ〜。俺としては小波が一番話しやすいぜ!」
それも当然弄るとか罵倒するとか、そういう部類の話しやすいなんだろうなと若干目が明後日の方向に向くのを感じながらヨハンに今日の予定というか目的地を聞き出す。
「今日はどこ行くの?」
ヨハンは少し考えてからまた能天気な声を上げた。
「よし、海に行こう!」

 この人はわかっているのだろうか。
「海だ!よぉーし、追いかけっこだー!!あははは!」
それとも単に外だから爽やかバカを演じているだけなのだろうか。ますますこの人は訳がわからない。自分を隠す必要がどこにあるのだろうか。頬に当たった冷たい風が痛かった。
しかしヨハンは何を言い出すのだろうか。今は8月も終わってやっと涼しくなるだろうという頃なのだ。
したがって海は少し寒いというわけになる。そんなところで潮風に当たりながら追いかけっこなんて間違いなく俺は風邪をひくだろう。
「小波!はやくこいよ!」
 あと、この一週間一緒に過ごしてみてもう一つ、わかったことがある。
こいつは十代によく似ている。今ではもう見る影も無くなった無邪気な笑顔とか、異世界にとばされる前の、自分がよければいいという少々の自己中心的な考え方とか。よく、似ている。
 少しだけ思考が沈みはじめたところで、もとからある程度帽子によって防がれていた日差しが更に暗くなった。
「なにやってんだよ小波!追いかけっこしようぜ!」
俺鬼な、といって走り出すヨハンに追いつかれないようにしかたなく走り出す。
そんなにお前は追いかけっこがしたいのか。それともお前は俺に風邪をひかせたいのか。
そんな野暮なことをきくとどっちも、と言いながらなに言ってんだコイツ。当たり前だろ?というような清々しい顔をしながら3000ポイントほどのダイレクトアタックをくらうからやめておいた。
 思考を巡らせている間にもヨハンは着々と俺に近づいてくる。つかまったらとんでもないことになると一週間の出来事を振り返りながら考えた。何がなんでも捕まってはいけない。捕まったらおしまいだ。
 そんな俺に天使というか神は舞い降りた。
「特別カリキュラム?」
本当に不思議そうな顔をしてヨハンは目の前の全身黒の男に聞き返す。
「特別カリキュラムとはタッグデュエリストを育成するために考えられたものでタッグパートナーとの絆を強くする内容のものとなっている。ここでは………」
と熱く語って下さった。まだなにか話そうとしていたけれどこれ以上はさすがに聞く気にはなれない。ということで少し黙ってもらった。隣でおとなしく説明を聞いていたヨハンを横目で見ると秘かに口元をニヤつかせて俺の方を向いた。
「やってみるか!小波!」
その嬉しくないお誘いにも、乗らないとあとでとんでもない目にあうのだろう。素直に頷いておいた。
「うむ!よい心がけだ!」
あんたもそんなに特別カリキュラムをさせたいのか。俺の周りには少々変なヤツが多いらしい。

 がけっぷちボールがはじまった。
俺が2人まとめて倒したりドッヂボールを当てられたり相手が自滅したりと中々面白いバトルにはなっているが、そう、ヨハンが未だに相手にボールを当てたことがない。斜め45度あたりで力いっぱい振りかぶって外まで飛ばし、挙句の果てにラグビーボールで自滅までするのだ。こんなので勝てるはずも無く大体は3回戦で大敗。それがもう5回ほど続いていた。
「ま、まだやるのか?」
「おう。しっかし、なぁかなか勝てねぇなぁ!」
「(お前のせいだよ!)」
思わず出そうになったこの一言を押し込め、静かにため息を吐いた。
 「お?」
何故だろう。急にヨハンのコントロールがよくなった。次々に相手にボールを当てて、着々と勝ち進んでいく。そしてようやくの15戦目。
対戦相手を見た。やめたくなった。
 十代さん。あんたまで俺にボールを投げつけるのか。
十代ともこの競技(?)をしたことがあるが、十代は俺がボールを当てられるたびに背後から黒いオーラを出しながらボーリングボールを相手にぶつけていた。これほど恐ろしいことは無いはずだ。俺は十代がボーリングボールを投げるたびに心の中で相手に合掌していた。
そして、今度はその恐怖が俺にまで襲いかかってくるのかと思うとほんと泣いて逃げ出したくなった。
「(っ小波が相手だと!?俺には小波にボールをぶつけるなんてできない!!!)」
「よぉ!十代!」
微妙に怖いことをぶつぶつと呟く十代に何もなかったかのように話しかけるヨハンを思わず殴りそうになったが、何とか押し留めることに成功した。
「ヨハン…(はっ!そうだ、ヨハンだけぶっ倒してあとは棄権すればいいんだ!そうしよう!)」
どんどん十代の呟きが激しくなる中、十代のパートナーと同時にため息を吐く。お互い苦労してるんだな、と彼との間にかすかな友情が芽生えた。
そんなこんなでがけっぷちボール、vs十代ペア戦は幕を開けてしまったのだ。

 まず、十代を相手にするときの鉄則。
例のボーリングボール事件があるのでパートナーは後回し、十代から殴れ。そしてできるだけ一発で決める。=ボーリングボール。ということになるのだが、生憎俺はボーリングボールをうまく投げることができない。というわけでドッヂボールでコントロールを狙う作戦に出る。十代が倒れてからはパートナーの方を殴る。これでオールオーケーなはずだ。
ヨハンが先にパートナーを殴らない限り。
 これは所謂「フラグ」という奴だったのだろう。俺の祈りを受けたヨハンはボーリングボールでパートナーの方を落としやがった。
 あぁ、終わった。俺の人生。短かったけど君たちと過ごせたことを誇りに思うよ。
目を瞑ると前方からあいてっ、というヨハンの声が聞こえてきた。驚いて目を開けるとヨハンの足元にテニスボールが転がっているのだ。相変わらず十代のコントロールはすごい。確実にヨハンを狙って投げたよ。
でも、おかしい。十代はパートナーが倒されると容赦なくボーリングボールで殴りにくるようなヤツだ。テニスボールで済まされるわけがない。とりあえず俺は自分の番を終わらせてから自分の過ちに気付いた。ヨハンと同じ足場に立っていたことを。後ろにはまだ足場があるのだから確実にヨハンは一歩後ろに下がる。俺はこれから起こることにさっきよりずっと泣きたくなった。
予想通りヨハンは一歩下がり大きくボーリングボールを振りかぶった。
「あ」
「ぎゃぁああああ!!!!!」
あ、じゃねーよこのやろう。
結果として俺にぶち当たることとなったボーリングボールは十代が立っている少し前の足場を崩しただけに終わった。俺は吹っ飛ばされて下に落ちる。ぶつけた身体が地味に痛い。
上半身だけ起こして上を見上げると十代が背後から黒いオーラを出しながらボーリングボールを構えていた。遠目でよく見えなかったが微かに十代の瞳の色がユベル・アイになっている気がする。
 十代はそのままの姿勢からヨハンをボーリングボールでなぎ倒し、一目散に俺の方へ駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?小波!!」
大丈夫なわけないだろうと心の中で突っ込んでいると、急に頭に鈍痛が襲ってくる。
「ていうか、何で十代…」
恐ろしいほどの鈍痛を耐えながら先ほどから思っていた疑問を投げかけてみると十代は一瞬きょとんとしたように動きを止めたが、少しはにかみながら晴れやかに答えを紡ぎだした。
「俺は小波が一番大事だってことだぜ!」
横であははは!と笑っているヨハンを無視しつつ、俺は十代のセリフに固まった。


(2010年の文章を発掘)




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