遊戯王 | ナノ




朝あさアサ

 水平線の向こうから昇ってきた朝日に軽く目を細め、欠伸をする。
俺は今頃まだ布団を引っ被り夢の中にいるだろう小波を思い浮かべた。
 サケの塩焼きにほとんど具の無い味噌汁、二枚のたくあんと山盛りの白ご飯。ただでさえ貧相なレッド寮の朝食を食いっぱぐれないように俺はいつも早起きだ。
食堂が開く30分前には必ず起きて、朝が苦手なパートナーを起こしに行く。朝が苦手というか、ただ夜更かしをし過ぎているだけじゃないのか。
小波の部屋は204号室。部屋数が10にも満たないレッド寮に200という大きな数は合わないように思えた。
小波の部屋の前まで小走りでたどり着く。勢いを殺さぬまま鍵を掛けていない、ボロボロという表現がよく似合うドアを蹴破る。無用心だとも思うが、特に珍しいカードや物を持っている訳ではない小波が鍵など掛けるはずもない。
それに、俺が起こしにこないと丸一日寝ている事も、とてつもなく寝起きが悪い小波にはとても容易いことだったからだ。
 轟音と共に開いたドアを開けっ放しにし、無造作に靴を脱ぎ捨て、ずかずかと部屋に踏み入る。
「おはよう、小波!へへっ今日も俺の方が早起きだな〜?」
俺は毎日変わらぬ大声をあげ少し身動ぎをする小波の顔を覗き込む。いつもは帽子を被っていて伺えない、特に整っているわけでもないその素顔を見ることができるのはパートナーである自分の特権だと思った。
 ドアを開ける爆音と俺の無遠慮な大声には、さすがの小波も深い眠りから覚めるしか道はないのだ。
 十分かけてようやく覚醒した小波を引き連れ階段を駆け下りる。途中、小波のまだ覚束ない足がもつれるが、それも無視して食堂へ進む。
「速く速く!」
急かすように言うと、苦笑とともに食堂は逃げないという至極尤もな返事が返ってきた。
小波の表情は異質だ。いつもいつも、困ったような笑顔を浮かべている。小波が本気で怒ったところを見たことがないし、心から楽しそうに笑うことも少ない。
思い起こせばいくらでも疑問は出てくるが七時を知らせる俺の腹時計の情けない音で考えを中断し、走る足を速くする。
小さなレッド寮では端の部屋からもう一方の端の部屋までの距離が10mとない。毎日走っているこの距離がこの時ばかりはとても長く思えた。
 もたつく小波を急かしながら俺は爆音を響かせ狭く古びた食堂に声を投げかける。
「おはよう!!」
「やかましいわ!」
俺の出した大声にも負けないくらいの声で怒鳴るこぼした醤油を自慢の黒いコートの袖で拭く男、万丈目。
まったくキサマは朝から騒々しい……と小声で愚痴る万丈目に、やはりあの困ったような笑顔で小波はおはよう、とこれまた小さな声で言う。
俺や万丈目、その他のレッド生達の出す雑音や話し声に埋もれる小波の小さな挨拶にも、返事をくれる生徒はいる。それが一面赤のレッド寮にポツンとある青、ヨハンだ。
「おはよう、小波!」
やっぱり一人でもいい、自分の挨拶に返事をくれるのは嬉しいのだろう。小波の帽子に隠れていない口元が綻ぶのが分かる。
 ヨハンは北のアークティック校という学校からこのデュエルアカデミア本校に短期留学に来た留学生だ。カードの精霊が見える、ということもあり俺とヨハンはすぐに仲良くなった。
もちろん小波に精霊は見えないから、普通はそんな話しをすると馬鹿にされるか可笑しな目で見られるのがオチだ。でもそんな話しをしても馬鹿にするどころか、真面目に話しを聞いてくれる小波にヨハンは引かれたのだろう。
今では俺たちを見つける度に俺よりも先に小波の名前を呼ぶようになっていた。
 俺はヨハンと向かい合わせに座る小波の隣にさも当然というように座る。
それから俺の前に座った万丈目の説教が再開されるが、俺は軽く流して横目で小波とヨハンに目を向ける。
小波が黙々と少ないご飯を口へ運ぶのを邪魔するようにヨハンが一方的にしゃべり続ける。小波が黙ってヨハンの話をきいて、時折食べる手を止めて何かを言う。俺もそこに混ざって、なんだかんだ言いながら万丈目も俺たちの会話に口を挟んでくる。
これがレッド寮の朝の風景。
……なのだが、俺はなんだかあまり小波としゃべっていない気がして、ヨハンの話に手を止めた隙に小波の食べかけのサケを攫う。
こうすると、嫌でも俺に気が向くから。
「へへっサケもらいっ!」
「ちょ、十代!!」
俺のサケが!とこちらにキッっと目を向ける小波(といっても帽子で目は見えていないけど)。
小波は俺の飯から何か取ろうとするのだろうけど、俺の食の速さをなめてもらっちゃ困る。
「十代のバカ!お前なんて知るか!」
小波は一粒の米も残っていない俺の皿を見て、俺の胃の中に消えたサケのお返しとばかりに小一時間無視を続ける。
それに対して俺が平謝りを続けるのも、もう慣れてしまったレッド寮の一日の始まりなのだ。


(2010年の文章を発掘)




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