クレインと情報の交換、状況の確認を重ね、フェルマーがわかったことを挙げる。

 一つ。ここはリーゼ・マクシアという世界であり、死後の世界ではないということ。クレインやあの少女は元より、フェルマーも死人ではない。もちろんフェルマーにとっては一応死後の世界ということになるのだが、別の世界で死んだ者がこの世界に現れた、といった話は、リーゼ・マクシア有数の貴族であるクレインでも聞いたことがないらしい。おそらくはフェルマーだけなのだろう。エフィネアで死んだ人たちが揃いもそろって記憶喪失だったということが有り得るのであればフェルマーだけではないが、今までエフィネアで死んだ人間のすべてが記憶喪失でいきなり現れたということもないだろう。そんなことが起きれば、リーゼ・マクシアは混乱どころでは済まない。
そしてこのリーゼ・マクシアという世界には二つの国が存在する。クレインが治めるこのカラハ・シャールはラ・シュガルという国に所属している。もう一方の国はア・ジュール。地図を見せてもらったフェルマーは、自分のいた世界の半分にも満たないだろうとあたりをつけた。

 二つ目。霊力野とはリーゼ・マクシアの人間のすべてに備わっている脳の器官であり、これが無いと輝術を行使できないということ。霊力野から、エフィネアでいうエレスのような役割を持つマナというエネルギーを精霊に渡し、術を行使するようだ。精霊を介した術なので、精霊術という。他にもいろいろとエフィネアと違うところがあるが、それは追々勉強していくことに落ち着いた。なかなか興味をそそられる、とフェルマーはすでに研究者モードだ。

 三つ目。死んだはずのフェルマーが、なぜ生きたまま異世界へ来てしまったのかということ。結論から言うと、わからないということがわかった。フェルマーはリーゼ・マクシアのことを勉強しながらそのことについても調べてみようと思う。

「なんだか大変なことになっているな……」
「俺も死んだとばかり思っていたが……」
「とにかく、こうして出会えたのも何かの縁だよ、フェルマー。これからのことも、後で話そう」
「ああ、ありがとう」

 話しているうちに敬語が面倒になり、ふたりして普段の口調で話すことになったのは、どうでもいいと言えばどうでもいい。クレインはフェルマーに横になるように言い、医者を呼んでくると部屋を出て行った。ずいぶん話が長引いたから、きっと待ちくたびれているだろう。ちゃんと謝ろうとフェルマーは頬をかいた。

 少ししてから部屋を訪れた医者に診察され、もう動いても大丈夫だろうとお墨付きをもらう。ただし、無理はするなとも言いつけられる。医者の話に寄ると、フェルマーの霊力野は一般の平均より大きいらしい。霊力野が大きければ大きいほど精霊術の精度や威力も上がるようなので、密かに喜んでおく。お大事にと言って医者は帰っていった。

「失礼するよ」

コンコン、と軽い音がしてドアが開く。クレインはさっきと同じようにベッド脇の椅子に腰掛けた。

「結果はどうだった?」
「特に問題なし。霊力野はもう成長が止まるそうだ」
「そうか。あまり大きすぎても不便だろうからね」

大は小を兼ねる。しかし、過ぎたるは及ばざるが如し。確かに、あまり霊力野が大きくては術の制御に支障が出るだろう。エフィネアでいうところの大輝石のようなものだ。死ぬ直前に旅の仲間の目的であったそれを思い出して、フェルマーはふと思案する。あの子たちは、無事に実験を止めることができたのだろうか。行く手を阻んでおきながら案じることではないのかもしれないが、それでも心配せずにはいられなかった。

「さて、フェルマー。これからの君の身の振り方だけれど、何か考えはあるのか?」
「それなんだが……良かったらこの家に騎士として置いてもらえないか。この恩をどうか返したい」

クレインに頭を下げ沈黙する。一寸間を置いて返ってきたのはくすっという笑い声だ。フェルマーが顔を上げて半目でじとりと睨み付けると、クレインは慌てて手を振ってみせた。

「ああ、違う、すまない。僕も同じことを考えていたから、驚いて笑ってしまっただけなんだ」
「あんたは驚くと笑うのか」
「予想外であり、予想通りだったからね」
「なるほど?」

まだ笑い続けるクレインにフェルマーは首をかしげる。一頻り笑い終えて落ち着いたのかクレインはふう、と息を吐いてフェルマーに右手を差し出す。それを認め、微妙な表情を浮かべていた顔を引き締め、フェルマーは床に降り立ち、その手を取り跪いた。

「それなら、これからよろしく頼むよ、騎士殿」
「……こちらこそ、全身全霊をかけて御守りいたします」

この場に剣はないけれど、頭を垂れて、誓いを立てる。


 パスカル、フーリエ、それからまだ仲間と呼んでいいのか戸惑う彼らにも、誓う。この世界には彼女たちはいないけれど、生きてみせようと。何か理由があってこの世界に来たというのなら、それを見出し、使命を果たし、そして、彼女等の下に帰ると誓う。どの面を下げて戻ってきたと罵るやつもいるだろう。フェルマーの仕出かしたことが奴によって暴露されているかもしれない。それでも、彼女たちだけはフェルマーのことを受け入れてくれるのだろうと確信している。フェルマーは、まったく卑怯な裏切り者だった。


The new world and the lost article.