身を劈くような痛みが襲う。強くなったな、と思いがけず笑みが零れた。冷えた氷の地面に、生き生きと赤が躍る。

「なんで……なんで、お兄ちゃん」

大切な人が泣いている。回復術を受けながら、夥しい量の血を流して横たわる俺の傍に座り込んでいる。その顔は既に涙でぐしゃぐしゃだ。

「パ…スカル……ご、めん…な」
「やだ……やだお兄ちゃんっ!」

泣いて欲しくないと、大切に思ってきたはずだ。だが、俺のせいで泣かせていては世話がない。守るため、だなんて言い訳だ。
俺は、この子も、あいつも、選べなかった。どちらも切り捨てるにはあまりにも大きすぎた。どちらも、大切な、妹なのだから。

「なんで、血が、止まらなっ……!ソフィ、シェリア!もっと術かけて!!弟くんもっ!!」
「パスカルさん……もう……」
「だめっ!そんなの絶対ダメだから!!」

回復術の眩い光は、霞んだ視界に色を届けてくれた。
重く感覚の乏しい腕を気力だけで持ち上げ、あまり綺麗とは言い難い白に指を絡める。先端に行くにつれ赤く変色する糸をなぞるように撫でる。

「…不甲斐ない、兄で…ごめん、な……」
「もう喋らないでよ……!絶対助かるから、だからっ!!」
「フ、リエに、も…ごめ…て、」
「やだッそんなの自分で言ってよ……!!」

首を振って泣きわめく妹の涙が頬に落ちる。徐々に身体が冷たくなっていくせいか、それはひどく熱い。
大切なものが二つあって、どちらも選べなかった。どちらかを切り捨てるなんて、できやしなかった。それをしてしまった時、俺は俺でなくなるのだ。
二兎を追う者は一兎をも得ず。それなら、もう一兎を別に捧げるから、他の二匹は無事に返してください。なんて考えるほど、もう最期は近いらしい。

「……フーリエは、わる…く、ない…から……」
「え…?なに、どういう……」

青ざめた頬に触れて、ぎこちなく撫でる。心残りといえば、フーリエを抱きしめてやれないことだ。パスカルにも、もっとたくさんの愛情を注いでやれたはずなのに。
引きつった感覚さえしない頬で、笑む。震える息を吐き出して、腹に力を込める。これだけは、伝えておきたい。きっとこれだけが、俺の全てなのだから。

「パスカル…も、フーリエも、大切な……」

ゆっくりと目蓋を閉じる。少しくすんだ白が、澄んだ赤が視界から失せていく。
全身の力が抜けた重い身体を委ねると、妹の悲鳴が響いた。
世界の終末というのは、こういう気分なのだろうか。何であれ今この瞬間は、裏切り者の末路に相応しい。



The betrayer's end way.