詳しい話は後にし、簡単に自己紹介を済ませてフェルマーたちは奥の吹き抜けへと進む。 「これは……イル・ファンで感じた気配……?」 ミラが怪訝そうに呟く。イル・ファンは夜域という特殊な霊勢にある、ラ・シュガルの王都だ。もちろんフェルマーは行ったことはないため聞いた知識である。そのためミラが感じた気配というのが何かはわからないが、それと似ているらしい不穏な空気は奥の方から感じ取れた。 広場へ出る手前には紫の封印術のような物があり道を塞いでいた。これでは先に進むことはできないが、扉自体は透明なため中の様子は良くわかった。 「これは……」 「クレイン様!……やはり人体実験を行っていましたか」 何かの装置に入れられた住民たちから、マナが吸い取られ中央上部にある繭のようなものに収束している。クレインや住民はひどく苦しそうだ。この紫の壁は侵入を防ぐ目的もあるのだろうが、マナをなるべく外へ逃がさないようにもなっているのだろう。 皆が立ち竦む中、ミラが扉に歩み出て触れようとするが、「手が吹き飛ぶぞ」とアルヴィンに止められる。その後ろでジュードがはっと何かを思い出した様子を見せた。 「……今の、研究所でハウス教授を殺した装置と似てるんだ!」 「ここでも黒匣の兵器をつくろうというのか!?……それほどたやすくつくれはしないはず……」 「ミラ?」 「……私たちを追うのをやめた理由がこれか。くだらぬ知恵ばかり働く連中だな」 ジュードやローエンの不穏な台詞を聞いたフェルマーの心にまた焦りが生まれる。今ここであの装置はクレインや住民を殺そうとしている。それ自体が目的ではないのだろうが、結果的にクレインたちを殺すことに繋がってしまっている。いよいよゆっくりなどしていられないと焦りが意図せず舌打ちになる。痺れを切らしたフェルマーがミラを制し、前に出た。 「下がれ、ミラ。術で吹っ飛ばす」 「おいおい、あんたも落ち着けって。こんなとこでそれを破れるくらいの術を使えば、どうなるかわかるだろ?」 「やってみなければわからない。派手な術じゃなく、一点に集中すれば或いは……」 「フェルマーさん」 「何だローエン。巻き込まれるぞ」 呼び止める声に殺気を込めて視線を投げかける。今のフェルマーの判断は普段の冷静で頭の切れるものとはあまりにも違っていた。 「……一度、落ち着かれてはどうですか。あなたは焦るとやや思考が単調になるところがあります」 「っ……」 この場で唯一付き合いがあるローエンに図星を指され、フェルマーは僅かに動揺する。確かに、フェルマーは焦りに弱いことがある。エフィネアでの旅の途中、マリクにも何度か指摘されることがあったためフェルマーは一応自覚したつもりでいたが、それでも無意識の焦りが思考を疎かにする。フェルマーは大切なものが関わると途端に冷静でいられなくなるのだ。 「焦っていては、助けられるものも助けられなくなりますよ」 「…………そうだな。悪かった……みんなも」 「焦るな」というマリクの声がローエンの言葉と重なり頭の中に響く。大丈夫ですとひとつ頷いて目を閉じ、深く呼吸するとフェルマーの思考からは後ろ向きな雑念が一切振り払わる。頭の中がクリアになったような錯覚を覚える。 ――大丈夫だ、俺はそんなに弱くない。ローエンもいる、ジュードたちもいる。戦力は申し分ない。焦らず、策を労せばこの状況を好転させることはできるはずだ。 「……落ち着きましたか?」 「ああ……クレインは必ず助ける。街の人もだ。だから、焦る必要はない」 再び目を開けると、驚くほど焦りは消え失せていた。それに満足気に頷いて、ローエンが扉の中を観察する。フェルマーもそれに倣い視線をめぐらせ、例の繭のようなものの上に、人間の頭くらいの大きさの石を見つけた。 「……展開した魔法陣は閉鎖型ではありませんでした。余剰の精霊力を上方にドレインしていると考えるのが妥当です」 「谷の頂上から侵入し、術を発動しているコアを破壊すればいい、と」 「ええ、おそらくは……」 「そうすれば、みんなを助けられる……?」 フェルマーたちの話を聞いていたジュードの問いにローエンが頷く。ミラが一歩踏み出し、強い意志を秘めた瞳でジュードを見据えた。 「……行こう、ジュード」 「うん」 先陣を切るミラに続いて、一行は特殊な霊勢が作り出した峡谷を登り始めた。 ← |