「衝皇震!」

 最後の一体を薙ぎ払い刀を鞘に納める。付近にいた魔物は粗方退治した。商人に依頼されたサマンガン街道の魔物退治は一先ず終了でいいだろうとフェルマーは辺りを見渡す。それから来た道を戻り、カラハ・シャールに向かう。

 フェルマーがリーゼ・マクシアに来て一年が経った。クレインは正しく良い領主というもので、街に繰り出せばたちまち住民に囲まれる。そんな領主の下で一年も騎士兼側近をしているとフェルマーの方もだんだん街に馴染んで、今では彼だけで歩いていても声をかけられるくらいになった。また、クレインの護衛だけでなく住民の手助けをすることもフェルマーの仕事で、主に街から移動する商人の護衛や魔物の討伐が挙げられる。魔物相手に身を守ることができる人は、エフィネアでもそうだったが、案外少ない。だから単独で魔物を制せるだけの力を持つフェルマーはわずかでも住民のためになるようにと自らこの役を買って出た。
 戦闘ができるといえば、魔物の討伐予定地に向かう途中で愉快な一行とすれ違ったことを思い出す。美女と少女、少年に青年の4人組で、何だか妙な組み合わせだとフェルマーは遠巻きに眺めていた。家族というのは違うが、互いを頼りにしている様子はエフィネアでの旅の仲間を思い出して懐かしくなった。

 街の入り口まで戻り依頼人に報告しようとして街が慌しいことに気づいた。視線を巡らせながらひどく焦った様子の依頼人に近づく。

「何かあったのか?」
「フェルマーさん!!」

依頼人の挙げた声に反応して、住民がフェルマーの姿を認めた瞬間、周囲は途端に明るくなった。あからさまな反応に、ただ事ではないと眉を顰めて状況説明を促す。普段より兵士の数も多い気がする。

「今、ラ・シュガル兵が来て住民をどっかに連れて行っちまって、クレイン様がそれを追っているらしい。さっき屋敷の兵がフェルマーさんを探してたんだよ!」
「……穏やかじゃないな。わかった、伝えてくれてありがとう、今から屋敷に向かう」
「気をつけて!」

フェルマーは商人に背を向けて走り出す。人の多いカラハ・シャールで走るのは本来あまり褒められたことじゃないが、今は形振り構っている余裕は無い。ローエンは止めなかったのかと小さな疑問が過ぎるが、一度決めたクレインは頑固だということを思えば答えはすぐに出た。
 人の合間を縫って見えた門のむこう、屋敷の傍は兵士たちの間で緊張感が漂っていた。着いて早々、息を整える間もなくフェルマーは屋敷の門で待機していた兵に問う。

「今戻った、事情はある程度把握している。クレイン様はどちらへ向かった?」
「フェルマー様っよくぞお戻りに……!」
「それはいいから、クレイン様はどこだ」
「クラマ間道へと向かわれましたので、おそらくはバーミア峡谷かと」

いつ出たのかはわからないが、今から追っても間に合わないだろう。ローエンが同行しているなら、多少フェルマーの気持ちに余裕はできるだろう。ローエンが見当たらないところを見ると、クレインに同行していてくれと願う。

「ローエンは?」
「ローエン様はたった今出立なされました」

期待を裏切った答えに舌を打って、奥歯を噛み締めた。

「ああ、くそっ……一人でか?」
「いえ、ドロッセル様がお連れになった旅の方々と共に……」
「はあ?……ローエンが共を頼むってことは腕は確かなんだろうが……俺も行く、屋敷は任せた!」
「はっ!」

 くれぐれもドロッセル嬢を屋敷から出さないように、とも指示して踵を返しクラマ間道に続く道を行く。
おそらくローエンは飛び出して行ったクレインが引き連れて行った屋敷の兵士だけでは不十分だと踏んで応援を求めたのだろうと推察する。一人でどこまで早くつけるかはわからないが、ローエンが先行しているのなら魔物の数は減っているだろう。今はとにかく急いでローエンに追いつく必要がある。
幸い魔物退治の後で装備は万全だったから、その点で時間を取られることはない。強いて言えば銃の残り弾数が心配だが、これもあまり問題ではない。
少しばかり迷路のように入り組んでいる間道を行くと、案の定、それほど魔物は多くなかった。走りながら詠唱して、前に飛び出してきた魔物に精霊術を放つ。エフィネアでもトップクラスの戦闘力を誇るフェルマーではこの辺りの魔物は敵ではない。だが人の足ではやはり速度の限界があるのも確かだ。バーミア峡谷でのことを考えると、全力疾走という訳にもいかなく、フェルマーの心に焦燥が募る。しかしそれももう少しの辛抱だ。すでに峡谷は目と鼻の先まで来ていた。

「だめだ、場所が悪い」
「わー!何とかしてよー!!」

 大きな岩に二手に分かれて隠れている五人を見つける。フェルマーは歩を止め道の脇に寄り様子を伺う。
地面に刺さっている矢とわざわざ五人が隠れていることから、何者か――おそらくラ・シュガル兵だろう――が弓で峡谷への出入りを阻んでいるのだろう。そこでローエンと行動しているのがサマンガン街道ですれ違った一行だと気づいたがあまり重要なことではないと切り捨てる。何やら話し声が聞こえるため、彼らもどうにかしようと策を練っているようだたったが、のんびりローエンたちの出方を伺っている場合ではないとフェルマーは決断する。フェルマーはクレインが何に巻き込まれているかを把握できていない。しかし奥にある広場の天井に開いた穴から紫の光が漏れ出ているのを見てあまり良くないということは理解していた。強行策だとしても、早急にここを通らなければならない。フェルマーは少しだけ息を吐いてざっと状況を確認する。

 地面に刺さった矢の状態とローエンたちの隠れている場所から射手のだいたいの位置を測る。後はさっきと同じだ。詠唱しながら敵の前に出て、いきなり飛び出したフェルマーに怯んだところを精霊術で一発。もし相手が動じなかったとしても、射られた矢くらい、フェルマーは避けることができる。銃弾の飛び交う戦場を駆け抜けたことに比べるとどうということはないのだ。それに仮に失敗したとしてもローエンがいるのだから問題はないと、フェルマーは地を蹴って岩の先へと躍り出た。

「は!?何だ!?」
「フェルマーさん……!」
「光よ、フォトン」

フェルマーが予想をつけていた所とほぼ同じ場所にラ・シュガル兵の赤い装甲が見えた。霊力野を開放し、そこを目掛けて光を炸裂させる。フォトンが直撃したラ・シュガル兵がその場で崩れ落ちると、ふうと息を吐いた。いきなりの加勢に驚いていたローエンたちも岩陰から姿を見せる。フェルマーは振り返ってローエンに歩み寄った。

「すまない、ローエン。遅くなった」
「よくぞ来てくださいました、フェルマーさん」
「それで、詳しい説明がほしいところだが……」

フェルマーはローエンから視線を外し、四人を順に見渡した。主に幼い方の二名が強く困惑の表情を浮かべているから、まずは自己紹介が先になりそうだ。