ジョジョ成り代わり | ナノ
▼ メローネ♀→♂

車に轢かれたらしい。
野次馬が集まって悲鳴が聞こえて、血があふれて。
視界の端に映る赤がまぶたの裏側に酷く似た色だった。

つい数年前の記憶だ。
目が覚めると、私は毛布を敷いただけの簡素なベッドに寝かされていた。
手足は短く、声は言葉にならない。よく腹は減るしトイレに行くことすらままならない。
鬱陶しそうに必要最低限の世話を焼く母親らしき女性を泣いて呼び止める。
どういうわけか、私は赤ん坊になっていたのだ。

所謂、生まれ変わりというやつだろう。

どうして生まれ変わったのかなんて検討もつかないけれど、どうやら現実のようで。
性別は変わっていたし母親は碌な大人じゃないしで散々だが、どうにか今を生きている。
そろそろ十歳になるだろうか。最近ではある程度のことを一人でできるようになってきた。
そして、どうやらここはイタリアらしい。


私が生まれたのは母子家庭で、けれど優しい母親が一杯一杯の愛情を注いでくれるわけではなく。むしろ逆というか、私のことなどお構いなしな母親が夜な夜な街へ繰り出し男を連れて帰ってくる。少し長く続いた男には暴力を振るわれた。
前世の母がとても優しかったために、反動で母親の最悪なイメージだけが高まる。トラウマになった。

ある日のことだ。
たまたま母親と長く続いているらしい男が血相を変えて家に飛び込んできた。
また暴力を振るわれるのかと思ったが、どうやら様子がおかしい。男の腹からはおびただしい量の鮮血があふれていた。

「きゃあッ!なに!?」
「匿ってくれ!」
「ちょっとアンタ何よそれ!出て行って!」

男の血を見た途端にいつもと態度を変えた母親。厄介ごとでも運んできたと思ったのだろう。恐らく、正解だ。
二人はうるさいくらいの大声で言い合う。男の血は止まることなくこぼれ続け、床に赤い水溜りを作った。

「いいから匿えよ!」
「嫌よ!巻き込まれるなんてまっぴらよ!」

男が「愛している」はずの母親を巻き込み、彼女が「愛している」はずの男を拒む。
それとこれとは話しが別だって?まったく、虫唾が走る。

「あたしにはメローネもいるのよ!巻き込まないでちょうだいッ!!」

ほんとう、人間ってやつは嫌んなるなァ。
自然と口角が上がっていくのがわかる。大丈夫。ちゃんと憶えてる。
男の血も十分あるし、母親の生年月日、血液型も把握してる。
加えて彼女の健康状態はいつも良好だ。嗜好品の類に酒やタバコをしているのも知っている。薬はどうだったかなあ。
今にも台所に飛び込んで行きそうな彼女は、きっとすばらしい"母親"になるだろう。

私は気がつけば全てを終わらせていた。
目の前にある男が持っていたパソコンに"受胎完了"という文字が現れる。
それからまたしばらく経って、彼女たちの"こども"が生まれる。一番最初の言葉は「殺してやる」。
なんてすばらしいのだろう。最悪な母親から最高の子供が生まれる。ふたりは評価される基準が違う。

「"殺してやる"とは何ですか」

また、パソコンの画面に文字が走る。
……説明できないなあ。彼はどうやって教えていたっけ。

「殺すってのは殺すってことさ。君の本能のままにしていいんだ」

結局、そんなことしか言えないで。
それでも、この子が本能のままに動くとしたら、それはきっと死に繋がるはずで。
抵抗がないとは言わない。けれどもううんざりだ。おれのために死んでくれ。

「な、何よこれ!!きゃああああ!」
「うわあああああああ!」

何も教えていないのに、女の子みたいなしぐさをするんだね。女の子なのかな。"こども"に性別はあったっけ。
母親をたべた彼女はおかしなところがないかと身なりを整えるそぶりをする。
髪もない、服もまとっていない。どこに整える身なりがあるというのか。
なんだか少しおかしくって笑ってしまう。

「く、くるな!!」
「ぶっ殺してやる、です」

彼女は男を頭のてっぺんから小さく小さく分解していく。リビングに残ったのは男の血だけだった。
本能の通りふたりを殺し終わった彼女は、私の方に近づいてくる。

「メローネ。言われた通りにやりました」
「……うん。そうだね」
「次はどうしたらいいですか?」

子供は愛さなくちゃあならない。
寂しい思いをさせてはだめだ。愛を知らない大人になってしまう。
愛を知らない大人は、愛を知らない子供をつくる。
それは、とても良くないことだ。

おれは笑顔で言う。
抱きしめてやった彼女に、もう、仕事はない。

「ありがとう。お疲れ様。愛しているよ、可愛い可愛いおれのマリア」

Delと書かれたキーを押す。すると彼女はさっき自分が殺した男みたいに小さな四角になって崩れて消えた。
小さく小さく、跡形もなく。

「は、ははっ……さいっ、あく」

リビングには、私だけ。ひとりで使うにはちょっと広すぎるかな。
疲れた。身体ではない、どこかが。このまま少し、眠ってしまおうか。
床に大の字に寝転がる。顔の横に靴を見た。真っ黒で、靴下は履いてないみたい。
……そういえばイタリアは土足だったな。失敗した。


130625

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