ジョジョ成り代わり | ナノ
▼ ディエゴ♂2

名前はとても貧しい村の生まれだった。貧しいゆえに、両親の家には子供を育てる余裕がなかった。そのため生まれてすぐに捨てられることになったが、捨て切れなかった母と、大雨で増水した川に流され奇跡的に助かった。
それから母と二人でこの世の理不尽の全てに抗ってきた。前世なんていう奇妙な縁を持っていた名前だが、母の腰くらいの小さな身体ではできることなど高が知れている。大人たちの言いつけには何も言わず従うしか他になければ、母に言い寄る男をどうこうできる力もない。苦汁を嘗める毎日だったが、強い心を失わない母を笑顔にできるのが自分だけだったということが、名前に生きる意味を与えた。

名前の育った村は貧しかった。ただ、農場主だけはそうでもないように見えた。それを疎ましく思いつつも、名前は農場主から配給される少ないシチューを甘んじて受け取らなければ生きることができない。この配給を受け取る時が、名前に最も奇妙な気分を与えた。
朝早くから農場の馬の世話をする。子供の名前にはそれくらいしかできることがなかった。母はそれとは別に、また何か違うこともしていたようだった。それからあの配給の時間がきて、夜遅くまで働けば泥のように眠った。そうして数年を過ごせば、名前のためにとあくせく働く母はあっけなく、その短い人生に幕を下ろした。過労からの免疫力の低下と、火傷から進入した病気。それで帰らぬ人となった母をぼんやりと見つめる。周りの大人は母親が死んだというのに泣きもしない子供を不気味に思った。それか、"死"というものを理解していないのかと哀れんだ。
 死ぬ間際に、「幸せになりなさい」と、彼女は言った。
「お前には才能がある。もう少し大きくなったら、今度は馬の背に乗ってみるといい……きっと、上手くいくわ……」
名前は許せなかった。母と自分を捨てた父、母を追い詰めた農場主、見て見ぬ振りをした周囲の人間たちや、自分自身すらも。「もっと大きくなって……そうなって、お母さんのことを守ってね」いつかそうこぼした母を、守ることができなかった自分が、許せなかった。
「気高く生きなければならない。そうして、幸せにならなければ」その日から名前は自分に言い聞かせる。必要なものは全て奪い取る。与えられたのは母にだけ。彼女以外に与えられることをよしとしない。何があってもひとりで生きていく。幸福を、得る。
それが、名前の誓いだった。

不意に、音が響いた。宿の個室のドアがノックされると同時に開け放たれると名前は大きく嘆息した。「それじゃあノックの意味がないだろう。君には常識がないのか?」「まあまあ、そう言うなって」ドアの向こうからジャイロが、名前の部屋に入ってきた。いくらレースで順位を争っているからといっても、追い返す理由は無い。そのため名前は「座りなよ」とジャイロに椅子を示して立ち上がりかけた体勢を元に戻す。「お、悪いな。まあすぐ帰るけどよォ〜」ニョホッと笑うジャイロを面倒くさそうに見る名前。木でできた安物の椅子がギシリと音を立てる。「それで、いったい何の用だ」さっさと終わらせようと名前が切り出せばジャイロはまたニョホホと笑った。
「随分ジョニィをいじめちゃってくれたみたいで」「それでお返しというわけか?」「いやいや、あいつはオレよりおっかないくせに、甘ったれだからな」むしろ良かったと笑顔を崩さないジャイロに名前の眉間にしわが寄る。「どういうつもりだ」名前は不機嫌を隠さずに言う。「それなら何が問題なんだ」名前の今にも噛みつくぞと言わんばかりの表情を見てジャイロは苦笑した。
「おまえが何を思って反対なんて言ったのかは知らないし、ジョニィもひでぇもんだけどな、オレァおまえも大概だと思うぜ」ピクリと眉を動かして、更に眉間のしわを深くする名前にジャイロが肩をすくめる。「ジョニィのヤツが泣きながら話すもんだからよ」薄いガラスの窓がカタカタと音を立てる。その音を聞きながら名前は「少々大人げなかったか」と思って、けれど後悔する気なんてない。別にジョニィが嫌いと言うわけでも、ましてや好きだと言うわけでもない。けれど多少なりともジョニィの言動に苛ついていることも事実だ。だから心からの言葉を口にして、反省はしても後悔はしない。
 特に悪びれもせずに「それは悪かったね」と言うディエゴにジャイロの頬が引きつった。元より仲を取り持とうだなんて考えてはいなかったけれど、さすがにこれはと思わずにはいられない。というより、名前がジョニィに対して感情が希薄なだけなのかもしれない。どうとも思っていない相手と心から仲よくなんてなれないだろう。ジョニィは一方的に名前を敵視しているが、名前はジョニィに少しばかりの嫌悪しか抱いていないように思う。
「それでも、まったくの無関心よりはマシだろうなァ……」
ポツリと呟いたジャイロに、名前が「いきなりどうした、医者でも呼んでやろうか」と不機嫌な顔をそのままに言う。
「いんや、医者ならすでに足りてるから遠慮しとくぜ」「……そうか」
「よっこらせ」とジャイロが立ち上がると名前はようやく開放されると息を吐く。全く持って不毛な時間だった。名前の苛立ちはピークに達して、逆に冷めてしまった。
「邪魔したな」「全くだ」「ひっでえの」「うるさい、早く帰れ」短い言葉の応酬になんとも言えない気持ちになって、ふとジャイロは思い出した。「あ、そうそう」「……まだ何かあるのか」「伝言」
恐らくここを訪れた一番の理由だろう事柄を平然と忘れておきながら、ジャイロはあっけらかんと言い放つ。
「おまえは今、幸せなのか?」
途端になおったはずのしわが再び眉間に寄る。眉を吊り上げた名前を一瞥して、ジャイロは戸を開け放った。「それじゃ、早く寝ろよ」言って部屋から出て行く。
名前はヒビの入り始めた腕を、もう片方の腕で撫でる。酷く、困惑する。
脆い肌に指を滑らせ
来客のなくなった部屋に、窓の揺れる音が響く。とくりとくりと心臓が脈を打つ。滲み始めた焦燥はしばらく消えそうにない。


Title:Fortune Fate
131106

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