人生イージーモード | ナノ







そんな一通りの現実を確認し終わった頃にはすでに歳は10といくらかになっていた。
勿論いろんなことがあったのだが、何より本来イルーゾォのものであったこの人生を受け入れるのに時間が必要だったのだ。
しかし確認、受け入れ作業をしているうちにも周りの環境は容赦なく変わっていった。
前世の記憶とマン・イン・ザ・ミラーというチート能力のおかげで人生イージーモードだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

それとなく良好な関係を築けていただろう両親が、ギャングの抗争に巻き込まれて亡くなった。
まずはおいしい料理を作ってくれた優しい母が目の前で、あっけなく。心臓に一発、流れ弾を食らったのだ。
買い物の帰りだった。
あんまり楽しかったものだから少し遅くなってしまって、早く家に帰らなければならなかったから、いつもと違う道を使って。
その道は少しだけいつもの道より物騒だった。それも原因だったのかもしれない。
そのときはまだ銃声は全く聞こえていなかった。そんなところでドンパチやってるなんて私たちが知るはずがないだろう。
そして撃たれた彼女は、けれど必死で意識を保って私に一言こう言った。

「逃げ、……なさい……イルー、ゾォ……」

どくどくと流れ出す赤い血がやけに作り物っぽく思えたのは信じたくなかったからだ。
私はその言葉に従うことができなくて、彼女の死体のすぐ隣に座り込んで呆然としていた。
幸い、なのか、私のところに流れ弾はこなかった。

そうしてやがて抗争も一段落ついたのか、あたりは次第に静かになり、日も陰ってきた。
帰りが遅いと心配した父が探しに来たときには母の血も乾いていた。
駆け寄ってきた父に怪我はないかと何度も確認され、母の死体を抱えて帰った。
その翌日、彼もまた、死体となって帰ってきた。

恐らく復讐のために一人でギャングに乗り込んだのだろう。
死体といってもすでに誰だったのか判別できないほどにぐちゃぐちゃにされていた。
辛うじて彼の身に着けていた結婚指輪だけが、男が私の父であったということを証明していた。

無事に帰ってこられるという確信でもあったのだろうか。
ただの一般人がギャングのアジトに乗り込んで無事でいられるなんて、正常な頭では考え付く方がおかしい。事実、父はおかしくなっていたのだろう。
だからまだ10いくらの子供を残していったのだろう。こんな厄介ごとはいらなかった。

「こんにちはボク。君、この人の息子さんだよね?」

そう言って2人並んだ男のうちの一人に見せられたのは父の身分証だった。ご丁寧に住所まで書いていやがる。
つまり、突然家に上がりこんできたこの二人は両親を殺したギャングで、私を殺しに来たのだ。
私のような殺しの経験のない子供が、大人のギャング二人にどうやって立ち向かえと。
なんて笑えない冗談だろうかとひとりごちた。

「何か言ってくれないと困るなあ」
「まあ待てよ。いきなり知らないやつが入ってきたら驚きもするだろう」

以外に常識的なのかもしれない、と思ったが、常識があるならまず不法侵入などしないだろう。
目の前の二人を観察しつつ鏡の場所を確認する。
今追い込まれている壁のちょうど向こう側の壁にひとつ。鏡まで走ろうにも二人が邪魔で最初の一歩すら踏み出せない。
何より、今少しでも動くと、すぐにでも彼らは手に持った銃で私を殺すだろう。
つくづく笑えない状況だ。
どうにかして、鏡の元にたどり着かなければならない。

「……おれを、殺すの?」

もう少しマシな出だしはなかったのか。これではすぐに終わってしまう。私の死という形で。
殺されるかもしれないという恐怖が先立ったのか。自分が冷静だとは思っていなかったが、それにしてもこのセリフはないだろう。

「おや、わかってるのかい。坊やはえらいねえ」
「賢い子は好きだぜ。もうお別れだけどな」

カチャリ。私の額に銃が宛がわれる。
焦るな、焦ると碌なことがない。このままでは確実に殺される。殺されてしまう。
一か八か、男の急所でも蹴り上げて鏡のところまで走ろう。
そうでもしなければ、殺されてしまう。

「Arrivederci」

男の指が引き金を引く――。




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