会いたい、会えない。
常に名前の思考を占めることの大半がそれである。名前にはどうしてもどうしても会いたい人がいる。けれどその人はこの世に存在すらしていない。
会ったことがないわけではないのだ。――いや、会話をしたこともなければ車の外に佇むその人を薄れ行く意識の中でぼんやりと眺めていただけだから、結局会ったことにはならないのだろう。
なぜ会えないのだろうと考えたことはない。考えなくても分かりきっていることだからだ。名前と彼は、同じ世界に存在していない。
あの夜の奇跡だけが、一度だけ、たったの一度だけ、名前と彼を繋いでみせた。
酷く幸福だった半面、会えたことにも成り得ない邂逅が、名前をなんとも言えない物悲い気分にさせた。
名前が助けたことになるらしい目の前の男は自らを宇宙人だといった。ミキタカというらしい彼は確かに他とはかなり違う。
カバンから溶けていないアイスを出したり、ティッシュを食べたり、スニーカーになったり。スタンド使いでなければできないような芸当ばかりをしてみせた。
それでも彼の目の前にクレイジー・ダイヤモンドをチラつかせても何も反応をみせないから、どうやらスタンドは見えていないようだ。見えていないフリかもしれないが、名前にはミキタカがスタンド使いであろうと宇宙人であろうとどうでもいいのだ。
確か原作でもそのあたりの詳細は不明だったはずだ。
名前は助けてもらったお礼に何かしたいと言うミキタカに苦笑しながら言う。
「何ができるんすか?」
「変身ですね。大抵のものにはなれます」
「じゃあどんな物にはなれないの?」
「複雑な機械や自分以上の力の出るものにはなれません……」
「ふうん」
それなら、変装くらいはできるかな。
名前の中に少しの欲が芽生えた。この晴れ渡った青空の下で微笑む彼を写真に収めることができればそれはとても素敵なことだ。
決して本当のあの人ではないけれど、それでも魅力的なことに変わりはない。
「それと、人の顔マネもできません」
「あれ、そうなんすか。……そううまくはいかないっすね」
「すみません……」
「謝んないでくださいよ」
曰く、「地球人の顔はみんな同じに見えるから」だそうだ。
ミキタカはためしにと一万円札を出し福沢諭吉に、千円札を出し野口英世になってみせたが、確かにどこか違う。
「まあ、それでもいいから、私になってみてくれないっすか?」
「あなたに、ですか?」
「そう。それで、できれは私をそのまま男にした感じで」
「はあ……やってみます」
ミキタカがそう言えば、みるみるうちにあの人になっていく。少したれ目でリーゼントがキマっていて、男らしく整った顔立ちの彼に。
「あ、これ、この髪の毛いらないっす」
彼に不釣合いなふたつのおさげをとっぱらってもらう。そうすれば、耳や細部は違うが、十分それらしくなった。
「でもやっぱどこか違うっすね」
「すみません……」
「また謝った。いいんすよ。むしろこんな難しい注文に応えてくれたし」
「これでいいのですか?」
「もちろんっすよ、ありがとう」
なんだか鼻の奥がツンとして目頭が熱い。お腹まできゅうと痛くなって苦しい。
あたふたとどこか痛いのかと聞くミキタカに笑みがこぼれる。痛いわけではないのだ。ただ再確認させられただけで。
悲しくはない。分かりきっていたことだ。それこそ生まれたときから、二度目の生を受けたときから。
ただ、どうしようもないな、と。雲が陰って空が泣いたら、自分のこの姿も隠してしまえるだろうか、なんてくだらない。
空は変わらず青く、太陽は優しく微笑んで名前を暖かく包み込む。
名前は精一杯笑ってどこかおかしな彼の姿を目に焼き付けた。
きみは地球の真ん中にいすぎた
130630
130903修正
Title:
舌
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