JOJO成り代わり | ナノ

大好きだった漫画の主人公の一人に成り代わってしまったと気づいたのはいつだったか。

「徐倫」

優しく、俺の二度目の名前を呼ぶ声に肩が跳ねる。喉がからからに渇く。音の方に目を向ければ、切なげに俺を見つめる、彼。
黙っているわけにはいかないから、必死で声を出す。彼の名前は震えていた。

触れられそうで、触れられない。一定の距離を保つ彼は俺をそういう目で見るとき、決まって触れることをしない。それはきっと、俺が酷く怯えるから。
次に出る、何度も言われたことのある彼の言葉を聴きたくない。きいてしまえば、また逃げられなくなる。
咄嗟にまって、と止めようとして、切なく笑う君が悲しくて、また止められない。それを聞いて、どんなに苦しくなるかも知っているのに。
名前を、呼ばれる。

「好きだ」

思わず息を呑む。ああ、聞いて、しまった。
何度聞いてもなれない。それこそ、プッチ神父を倒す前から言われているのに、慣れてしまわない。胸がきゅうと痛くなって、切なくなる、この感覚がとても悲しい。こんなにも訴えてくるのに、俺は知らない振り。
じゃないと、きっともっと苦しくなる。
誤魔化そう。いつものように。そう思って口を開くけど、声が出ない。きっとお前は俺が素直じゃないことを知っている。でも誤魔化すことを忘れてはだめだ、防波堤は補強しなければ、崩れてしまう。

「、アナスイ」
「なあ、徐倫。君は、いったい何がそんなに恐いんだ?」
「っ」

補強しようとして、阻止される。
やめろ、言うな。それは聞いちゃいけないことだ。もう聞いてしまったというのに、俺は慌てて耳をふさぐ。また一歩、戻れなくなった。
なんだか自分がわがままを言う子供みたいに思えた。それでも、俺にとってはわがままで済まされることじゃない。彼女の全てを奪ってまでここにいる、俺にとっては。
たとえ戻れなくなったとしても、聞かなかったことにしてしまえば、さらに進むことはない。でも、そんなにうまくはいかないらしい。

「徐倫、聞いてくれ。俺は、もう待つのはやめるよ」

君はとても頑固だからね。
やんわりと耳を塞ぐ手をとられる。もう、待ってはくれないみたいだ。

「好きだ。好きなんだ、徐倫」

真摯な瞳に射貫かれる。俺は何も言わない。彼は覚悟を決めたらしい。
お前はずるい。それなら。それなら、俺だけ、逃げるわけにもいかないじゃないか。
覚悟なんてない。でも、お前が待てと言うなら、ほんの少しだけ、立ち止まる。

「なんでアナスイは、……俺が、好きなんだ」
「……綺麗な心を持っているからさ」

まるで多すぎて何を言っていいかわからないとでもいう風だ。一拍間をおいて口にされたセリフは、とてもありきたりなものだった。でも、それは、彼女が好きな理由だろ。
俺は綺麗なんかじゃない。

「……それは、間違いだ」
「いいや、君は綺麗だよ、間違いなくね。心だけと言わずに、信念すらも」

どうしてそこまで言いきれる。おかしいだろう。彼女のためと言って、結局自分が傷つくことが恐いだけの俺が、綺麗だなんて。

「やめてくれ、俺はそんなにできた人間じゃないんだ」
「自分を卑下するのは君の悪い癖だ。君が恐れているものが何かは知らない。わからないけど、君が今、勇気を出してオレと向き合ってくれていることは知っているよ」

必死の懇願も、アナスイにかかれば一瞬で否定されてしまう。
そんなに言われたら、反論したいのに、取り付く島もないじゃないか。
お前も大概頑固だよ。

「君はとても真っ直ぐだ。でもこの答えで君が納得できないと言うなら、難しいことは抜きにしよう」

ふっと微笑んだ優しい腕に抱きしめられる。

「きっとオレは、ただ君の笑顔が見たいだけなんだ」

お前は、彼女の望んだ全てを奪って、俺に向き合えと言うのか。
本来なら、アナスイは彼女と結ばれるはずだった。巡り巡って、結ばれるはずだった。
それなのに今ここには俺がいて、アナスイは俺を好きだという。別にアナスイが信じられないわけじゃない。けど、やっぱり恐い。
俯いて黙り込めば、抱きしめていた両腕が離れて、俺の顔をあげさせた。

「徐倫、オレを見て」

俺より少し高いところにある顔が、優しく見下ろしている。視線は、逸らせない。

「今ここにいるオレは、今ここにいる君が好きなんだ」
「……俺、男だぞ」
「それはよく知っているさ。でも君がいいんだ。そんな些細なことは問題じゃあない」

何も難しいことはないだろう、なんて簡単に言ってしまう。
でも、確かに、簡単だ。
俺と彼女は違うし、お前とアナスイは違う。考えてみれば、至極シンプルだ。
理解したら、抑えていたものが溢れてくる。目頭が熱をもって、視界が滲んだ。
アナスイの顔が、困ったように歪む。

「オレのために笑ってくれないか、徐倫」
「クサい」
「ひどいな君は」
「でも……クサいのは、嫌いじゃない」

ぎゅっと強く抱きしめられる。俺も、アナスイの背中に腕を回す。

「なあ、アナスイ」
「なんだい徐倫」
「……もう一度、言ってくれるか」

一瞬きょとんとして、アナスイは「お安い御用さ」と笑った。



君が好きだ



「……俺も、お前が好きだ」

言った途端に抱きしめる力を強くして破顔するものだから、その間抜け面を笑ってやろうと思った。



130727

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