これが本当の気持ち
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「これ」
「ん?」
2月25日の帰り道、人通りの少ない路地にはいったところで、ぐいと差し出されたそれがなんなのか、一見しただけではわからなかった。
受け取らずに首を傾げればもどかしいとばかりに、奏はそのゴールドのラッピングに包まれた箱を俺のカバンの中に押し込めた。
「なにこれ?俺今日誕生日じゃないけど…」
「ん、チョコ」
「ちょこ?」
「チョコレート。…なに?そんな単語も分からないわけ?」
「あ…え?どういうこと?」
「……帰る」
無表情、無感情な声でそれだけの会話を終え奏は俺を追い越すようにして足早に歩き出す。
一緒に帰っているのにこれではおいていかれてしまうと、咄嗟に手を伸ばしその腕をつかむ。それでも頑なに前に進もうとする奏を無理やり引っ張るようにして振り向かせると、俯いた頬はこっちがびっくりするくらい真っ赤だった。
(あ、これは…)
「え?…もしかして、バレンタイン、とか?」
「…っ!ゆ、ゆうがっ」
チョコ全部受け取らなかったとか言うから、と続く声はだんだんと小さくなって…最後にはもう音にはならないほどだった。
(うっわぁ…)
確かに、今年のバレンタインは(おいしそうなチョコやクッキーを食べたいという気持ちと必死に闘って)奏以外からはどんなプレゼントも受け取らないと決めたのだ。
だから14日の帰り道、奏がやけにトゲトゲした声で「何個チョコもらったん?」と聞いたとき、褒めてほしい一心で誰からのものも受け取らなかったのだと告げた。
俺の言葉を聞くと、彼女は顔を真っ赤にしながら「ばっかじゃないの」とキツく言った。
…それだけ。
バレンタインに関する話はそれだけで、その日奏がチョコをくれることはなかった。
もちろん恥ずかしがり屋の奏がチョコなんてくれるわけないのもわかっていたから、別にそれでよかった。
…というか、今日までのこの10日間仕方ないと自分に言い聞かせ続けてきた。
(だって、欲しい欲しいとせがみ続けたら「別れる」とか言いかねない)
「え?わざわざ買ってくれたの?俺のために?」
「しつこいっ!別に安売りだったから、自分が食べるついでに買っただけだし。断じてゆうのためなんかじゃないからっ」
腕を振り回すようにして俺の手を解きながら、奏が言う。
確かに、25日にもなればバレンタインのチョコレートなんてワゴンセール行きの安物かもしれない。
「…でも奏がくれたってことには変わりないでしょ、ありがと、すごい嬉しい」
「…あっそ」
ホワイトデーにはお返しするからね、と何度も言ってカバンの中から箱を取り出す。
あまり派手じゃない金色の包装に黒いリボンがついたそれは、俺が今まで見たことのあるチョコよりも数段格式高いもののように見えた。
「たっかそう!これ高級品なんじゃない?」
「…割引品だって言ったし」
「それにしたって」
「いいからもうしまえ!」
これだから渡すの嫌だったんだ、とぼやきながら奏はまたそっぽ向いてしまう。
後ろからでも耳まで真っ赤なのがわかったから、あえて振り向かせることはせず、彼女のプライドを傷つけないように笑いを堪える。
「開けてみていい?」
「じゃあ私は帰るし」
「まあまあ、そういわずに」
進もうとした彼女のショルダーバックをつかんで、逃げられないように腕を通す。背中合わせの体制になりながら、抵抗する奏を諸共せず綺麗な箱に手をかける。
せっかくの奏からのプレゼントなのにベリベリ破いて開けるのはちょっともったいないかなぁ、と思いながらなるべく丁寧に包みを開けた。
「あっ、おいしそう!やっぱこれどっかのブランド?」
「…知らない!」
箱から出てきたのはおいしそうな生チョコだった。
行儀が悪いと思いつつ、ひょいと一つ持ち上げて口に入れる。ふわりと広がる甘さは自分で買う安物のチョコと違うというのが歴然なうまさだった。
「うっわー、おいしい!」
「…あっそ」
本当ありがとうー、と言いながら蓋をして、もう一度箱に目をやる。なんだか箱まで高そうで…割引といったってこれ相当高かったんじゃないだろうか?
もう一度、わかるはずもないのだけれど包装紙のブランドを確認しようとしたところで……。
(……あ、れ?2月21に、ち?)
裏にはシンプルな文字で賞味期限が書いてあった。
2月21日。
「奏、これいつ買ったの?」
「…昨日」
「……」
「なに?」
「い、いや、別に!」
昨日ってことは、このチョコの賞味期限はすでに切れていたということになる。賞味期限切れのチョコレートを割引品として店に出したりするだろうか…?
(出さないよな、普通…)
ということは考えられることはひとつ。
(昨日買ったなんてウソばっかり)
これは、俺の推測だけど…奏はちゃんと14日にこのチョコを用意していてくれたんだろう。
(恥ずかしかったんだろうな、きっと)
それで渡すのを諦めたけれど、日にちがたった今日勇気を振り絞って渡してくれたのだ。
奏はこれでいて時々うっかりさんだから(俺がこれを言うとすごく怒るのだけれど)、賞味期限を確認するのを忘れてしまったのだろう。
もう一度、彼女を見る。相変わらず耳まで真っ赤にした奏を思わずぼーっと見ていたら、沈黙に耐えられなかったらしい彼女が勢いよくこっちを振り返った。
「なんか文句でもあるわけ!」
「め、滅相も無い!すごく嬉しいです」
あわてて包装紙をカバンの中に押し込めてから、箱を落とさないようしつつ奏をだきしめる。
「ばっ、ここ道ばた…」
「かな、ありがとー!」
「ああもう!離すし、ばか!」
ボカボカ思い切りぶたれているけど、そんなの関係ない。
あぁ俺愛されてるなぁと喜びをかみしめて、ホワイトデーは絶対にかっこよくプレゼントをしようと心に決めた。
(賞味期限4日くらいなら、多分大丈夫だろう…)
END.
* * * * *
Q.今は何月ですか。
A.11月です。
…季節外れも甚だしい。
そしてバレンタイン話は他にあるじゃないか!違うよこれは日本式バレンタインだよ!私は悪くない!
女の子のブースターはツンデレさんのイメージです。
気が強いけど恥ずかしがりや。
でも私が書くとツンデレに見えない不思議。
可愛いツンデレってどうやったら書けるでしょうか。
なんかいつもの奏とそんなに変わらない気がしますがそれは禁句です。
因みにイーブイの奏はツンデレではありません。
091124
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