Vanilla | ナノ




Arroz pelota2


小さかったころ、それも俺がヒノアラシだったころ、俺たちは今と同じように一緒に暮らしているようなものだった。
奏はまだまだ幼さの抜け切らない子供で、俺もまた子供だった。
もう理由は忘れてしまったけれど、あの夜も俺は今日と同じように夜通しで勉強をするはめになっていたのである。

「なぁ、ゆう」

彼女が話し掛けてきたのは、子供にしてはもう随分遅い時間であった。

「勉強…まだ終わらないん?」

「んー…そうだね。明日までだし、今日は寝ないつもりだよ」

「そっかー…」

そうして後ろ手でもじもじする奏に、俺は特に何かを思うわけでもなく言った。

「かな、もう遅い時間だし灯りを消せないけど、もう寝ちゃっていいよ」

「う、うん。そうなんだけど、…あのな、」

どうも彼女は何かを言いたいようだと気付いた俺は、そこではじめて机から顔を上げ、ベッドの上で困り顔をしている奏の目を見た。

「かな、どうしたの?なにか言いたいことがあるみたいだけど」

「うっ、うん。…あのなっ、ゆう」

ようやく決心がついたのか、彼女は僅かに頬を紅潮させた。

「お、おなか、空いてない!?」

奏は、俺がその日徹夜を余儀なくされていることをすでにどこかで小耳に挟んでいたらしかった。
そうして思いついたのだろう、差し出された小皿には、子供が作ったと一目でわかる不恰好なおにぎりが並んでいたのである。



「あのときのおにぎり、ちょっとしょっぱかったけど、随分美味しかったなぁ」

「……よ、よく、そんなことを覚えていて……」

思い出話を語り終えると、彼女は気恥ずかしさからか耳まで真っ赤にしてうつむいていた。

「うん。こうしてみると結構細部まで覚えているもんね。確かあのとき、かなってば一個目のおにぎりに米を使いすぎて二個目三個目となるにつれどんどん小さく…」

「も、もう良いっしょ!忘れるし!一体何年前のことだと…!」

あわてたように突き出された手を、しかし俺はなんなく掴み返した。
火照った奏と目が合う。

「悪いけど、多分忘れるなんて出来ないんじゃないかな。だってあのとき俺、とっても嬉しかったんだもの」

徹夜をする友人のために、小さな手で必死に握ったおにぎり。

あとから聞いたけれど、不器用だった奏は塩やら米粒やらを顔中にひっつけて一生懸命作ったんだそうだ。
それを聞いたとき俺は顔をひどく赤くしてしまって、そのあとしばらく奏を見れなかったっけ。

そうそう。そうだ。ちゃんと全部覚えている。

「あれから思うと、かなもおにぎりがうまくなったもんだよね」

「だ、だから、」

「だけど俺は、あのときからかなのおにぎりが一番好きだよ」

ねっ。
そう言って不意討ちに奪った彼女の唇は、おにぎりのせいか、ほんのり塩の味がした。


END.


110307

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