Vanilla | ナノ




stern


※試しに悠の一人称を僕にしてみる
※夏の話



僕らはサンダルが奏でるリズムを携えて、この道の角にある寂れたコインランドリーに向かって歩く。
僕のとなりの奏は、洗濯物の入ったカゴを持ちながら鼻歌混じりに歩いていた。

五感に触れるすべてのものが、とてもやさしく感じられる夜だった。


「こんなに多くちゃ、ひとつの洗濯機に入らないし」


「じゃあ奏のがこっちで僕のはこっち」


誰もいない静かな店内で、僕らはそれぞれ自分の洗濯物を大型の洗濯機へと放り込んだ。
十分百円と表記された看板は、入口の横に立て掛けてあった。文字のところどころが剥げているそれは、店全体を胡散臭く感じさせるほどオンボロなものだったけれど、それでもちゃんと洗濯機は動いてくれた。
ごうんごうんと荒い音を立てながら、僕らのパジャマやらシャツやらを豪快に掻き回している。

部屋の真ん中に置かれた橙色の長椅子はやはり同じように古臭く、中身の綿が出ている箇所がいくつか見当たった。そこに座るとギシリと嫌な音がする。


「あと、何分」


「さあ、残り時間が出てないからわからないな」


洗濯を始めてからというもの、彼女は同じような質問を何度もくり返していた。

真夜中のコインランドリーは、昼間よりもずっと寂しげに見える。
その中でもやけに煌々とした蛍光灯だけは、まだかまだかと子供のようにぐずる奏の顔を照らしていた。


「あと、何分」


「……さあ」


いい加減その問答にうんざりしてきた僕は、何か彼女の気を紛らわせるものはないかと辺りを見渡した。するとあのオンボロの看板の横に、赤く塗られた自動販売機があるのが目に入った。

僕はズボンのポケットを探る。家を出るとき無造作に突っ込んできた小銭が、指先に軽く触れた。それがいくらあるのかを確認して、僕は店を出た。

外は夜風が吹いていて気持ちが良かった。自分の体からは、風呂上りの石鹸の香りがする。左手に持った小銭をじゃらじゃらと弄びながら、僕は自動販売機の前に立った。


(さて、どれにしようか)


コインランドリーの中をちらりと見やると、洗濯はまだ終わっていないようだった。
奏も相も変わらず足をぶらつかせて腰掛けている。こちらからでは背中しか見えないが、恐らくいつも拗ねるときにそうするように唇を尖らせているに違いない。

僕はそんな彼女の表情を思い描いてくすりと笑い、目の前の機械に小銭を入れた。


洗剤のにおいを含んだ洗濯物を、行きと交替して帰りは僕が持った。
プラスチックのカゴは、薄暗い路地に点々と立つ街頭に時折反射してみせた。静まり返った街に、僕らの足の音だけがやけに軽快に響く。

奏はさっき僕が買ってやった缶ジュースのココアを飲みながら、来たときと同じようにご機嫌な様子で歩いていた。まったくもって現金な子だ。

空には夏の星座がいくつか瞬いていた。夏の大三角形、デネブとベガとアルタイル。昔幼い頃に図鑑で見て以来、僕はずっと覚えていた。

すると同じように空を見上げていた彼女が、デネブのある白鳥座のくちばしあたりを指さして口を開いた。


「なー、あの星ってなんだっけ」


「あれは、」


「たしか『銀河鉄道の夜』に出てきたし」


「ああ、そうだったね」


それを聞いて、僕はその星が二重星であることを思い出した。
「北天の宝石」と呼ばれるこの星は、作中でトパーズとサファイアに例えられていたはずだ。肉眼では単一にしか見えることのない双子の星。ひとつは金色で、もう片方は青色だっただろうか。


ふたりは再び家へと帰ってきた。
先に中に入ろうとする奏の背を見て、それから僕はもう一度あの星へと視線を移す。
この二重星を僕らに例えるとしたならば、前を歩く彼女はきっとサファイアのほうだろう。

夜空を仰ぐ僕の脳裏には、コインランドリーの蛍光灯に照らされていた彼女の儚げな顔が、鮮明に思い出されていた。




アルビレオ
でも、その星の名を僕は知らない。


END.



091122〜100331までの拍手文


stern=独逸語で「星」

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