Vanilla | ナノ




Cerezos en flor3


「違いますって!ただキスが甘かったから…」

「あー、これのせいな」

そう言って彼は煙草ではなくてポッキーをくわえていた。
しかもそれは最後の一つで、私が食べようとしていたものだった。

音を立てながらかじっていくそれを見ながら私はああ、と無意識の内に声を出して納得してしまっていた。
なんだか夢が壊されて無理矢理現実を見せられた時の虚無感に似ている。

最後の一本でポッキーゲームをしよう、というよりはこんな真昼間の公園で堂々とキスをしている現状を冷静に考えればなんて馬鹿なことをしたのだろう、と悔い改めていた。


広げたお菓子はあっという間になくなって、私たちは時折どうでもいい話をしながらただ桜を眺めるだけだった。
たまに思わず手が触れたり顔が近づいたりしたけれども、それ以上のキスも何もなかった。
よくよく考えれば当たり前のことだけれども。

近所で遊ぶ子供の声が聞こえて、少し離れた場所にある教会の鐘の音が響いてくる。
なんだか眠くなってきて小さく欠伸をした私に、彼は小さく笑っていた。

「帰ろうか」

ベンチから立ち上がった光乃さんは私に向かって手のひらを差し出した。
私よりも少し大きいその手に私は自分の手を重ねる。

人気なんて元からなかった。
だからこんなにも大胆になれるのかもしれない。

帰ったら彼の好きなおつまみとビールを出して、一緒に飲もうかな。
口には出さなかったけれど、なんとなくそれは彼に伝わったようで真っ直ぐ帰るのではなく近くのコンビニを通るルートを自然と選んでいた。

桜を見ることはできないけれども、彼と一緒に下らない話をしているほうがよっぽど趣がある。

つまりは、私たちにとってはやはりそのほうが似合っているということ。


END.



110715

季節外れ文章でした。
時期にあった話が書きたいと思うのに、実際書くのは過ぎてからです。

残していたお菓子の最後の1つを食べられてしまった時のあの虚無感。
食べ物の恨みは怖いのよ。

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