Vanilla | ナノ




Cerezos en flor1


まだ寒いから、と言われて光乃さんに無理矢理ストールを巻かれて正解だった。
日差しは温かくても風はまだ冬の冷気を残している。

歩くうちに体が温まるから大丈夫です、と見栄を張った私に彼は玄関で自分のストールを私に巻いてくれたのだ。
彼が今日新しくつけた香水の匂いがとても新鮮な反面、私の心をかき乱していく。

そんなロマンチックな気分に溺れる私に対して、隣を歩く光乃さんは肩を竦ませて時折寒そうに身を震わせる。
よくよく見えば彼の服装は香水と同じく、買ったばかりの春服ばかりでもちろん布も冬物に比べたら幾分も薄いわけで、ストールなしでは寒そうな身なりだった。

ごめんなさい、の代わりに私はそっと彼の手に触れてそっと手を繋いだ。

「これだけ風が強かったら桜も早く散っちゃいますね」

「だから今日見に行くって決めてよかったろ?」

私の手を握り返して、隣で笑った光乃さんの笑顔がとてもくすぐったい。
私までつられて笑ってしまった。


近所の公園にぽつん、と咲いた桜はどこか寂しく思えた。
そりゃあ大きな桜並木に比べればとても貧相で眺めるような場所でないかもしれないけれども、私たちにとってはこれで充分。

ベンチに座ってコンビニで買ったお菓子を広げる。
ポッキー、じゃがりこ、パイの実、それに雪見だいふく。
最後のチョイスはストールを渡して寒がっていた彼のもの。
決して私ではない。

彼は早速雪見だいふくに手を伸ばして器用にビニールを剥がしていく。
いくら端っこがはみ出てめくりやすくなっていようと私は毎回、途中でビニールが切れてしまう。

「お花見ですね」

当たり前のことだけれども、改めて口にしてみると桜の花が先ほどよりも綺麗に見えた。
やはり私は桜の花が一番好き。
ありきたりだけれども、ありきたりだからこそ一番手近の届く距離にある花だから。

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