観念としての孤独 3


「キクさん、その救急箱どうしたんですか?」

「ん?ああ、クラスメイト二人がね、ちょっと怪我して…て言っても二人のはただの痴話喧嘩だからさ。全く、困っちゃうよね…」

「痴話喧嘩?」


って、何だろう?
ただの喧嘩と何が違うのかな。

分からずに首を傾げていると、キクさんは僕の耳元で小さく囁いた。


「二人はね、恋人同士なんだよ。だからね、すぐ喧嘩しちゃうんだ」

「恋人同士…?喧嘩…?」

「うん。まぁ、あの二人の場合は喧嘩する程仲がいいってことだからいいんだけど」


あんまり派手にやり過ぎるのも困りものだよねぇ、と笑うキクさんの言葉は僕の耳には入って来なかった。

その二人の先輩は恋人同士で、喧嘩をよくするみたいだけど、それは仲がいい証拠で、むしろそれが当たり前で…?

僕とザクロも、恋人同士、だったはず。
でも僕とザクロは喧嘩したこと、ない。

ザクロはいつも僕に優しくて、本気どころか冗談で怒ったことすらない。
僕もザクロに怒るなんて、考えたこともなかった。

キクさんの話では恋人は喧嘩をするものみたいだから、…僕とザクロは、最初っから、恋人じゃなかったってことなのかな…。
やっぱり、体しかなかったの、かな。

ずきん、と胸が痛くなった。

この学校に来てから彼といた今までで感じたあの暖かい気持ちや、優しい日々は、全部全部、僕の、勘違い、だったのかな。
僕、ひとりで、嬉しかったの、かな。

もしそうだったらザクロに裏切られたなんて思うの、お門違いだよね。
だってザクロはきっと、最初からそんな気はなかったかもしれなくて。

ああもう、なんか分かんないや。
心がぐちゃぐちゃで、気持ち悪い。


「って、僕はこんなことを言うためにライムを呼び止めたわけじゃなくて…。ライム…君、顔色が悪いよ?昨日ちゃんと寝れた?」


心配そうに眉間にやや皺を寄せ、僕の頬を撫でるようにして覗き込んでくるキクさんの顔をぼんやりと見ながら、僕は大丈夫ですと笑いかけた。



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