拾弐



 なぜ次に白羽の矢が立てられたのが自分なのか、その意図がよくわからず私は益田さんと榎木津さんとなぜか中禅寺さんのことまでも交互に見やってしまった。
「だって榎木津さん一人に任せておくわけにはいかんでしょう」
 それは、まあ、そのとおりだとは思う。
 普段からして互いにちゃんと会話が成立しているかどうか怪しいのに、彼がはたして件の家を訪問して事情を聞き出したり帰ってきて私たちでも理解できるように説明したりできるんだろうか。
「はあ。 じゃあ益田さんが一緒についていけばよかったのでは?」
「それも思ったんですけどねえ。大の男が二人でってますます怪しまれそうじゃないですか。学校関係者だと名乗っても、この人の場合逆に無理があるような気がして」
 そこですかさず榎木津さんから「お前はいかにも女学生をつけ狙っていそうな変態男に見られそうだな!」という声が飛んできた。
 結構ひどい言われようである。
 たしかに益田さんは全体的にひょろりとしているのに加えて目が隠れてしまうほどに前髪を長く伸ばしているので陰気な感じがあるのは少々否めないが、すべて榎木津さんの言いがかりにすぎないと思う。
 しかし、彼による暴言や罵倒にすでに益田さんは慣れきってしまっているのか適当にかわしてから
「というわけで紘子ちゃんの代わりに一さんが女学生のふりをして、榎木津さんと華ちゃんの家に行ってきてはくれないかとこういう事情でして」
「じょ、女学生って……ふりって……」
 いやさすがに私も無理があると思う。その、年齢的に。私二十歳超えてるんですけど。いくら歳が近いとはいえ、未成年と成人済みじゃあなあ。
 などということをボソボソ指摘していると
「なんだ。そんなことなら問題ないだろう!」
「いやいや」
 大問題ですけど。
「小さくてかわいらしいから大丈夫だ! さあ、そうと決まれば行くぞ。時は金なりだからな!!」
「え、あ、ちょ」
 急に手を掴まれたと思ったら次の瞬間にはぐいと引っぱられていて、立ち上がった姿勢になっていた。
 ――そりゃ榎木津さんから見ればほとんどの人は小さいだろうけど。
 って。じゃなくて。先程の益田さんの女学生のふりをするというアイディア以上に大問題じゃなかろうかと思われるセリフが、今榎木津さんの口から発せられた気がするのだが。
 かわいいって。
 いや、うん。違うな。誤解があるな。「小さくてかわいらしい」って小さい“から”かわいいんだ。小さいが故のかわいいという結果なのだ。
 犬や猫を愛でているのと一緒だ。子どもをかわいいと言っているのときっと大差ない。
 そんなことを考えていたら榎木津さんがすたすた歩き始めたので、依然として手を掴まれたままだった私は彼のあとを追う形になった。
「マスオロカ! ぼっうとしてないで彼女の靴を持ってこい!!」
 ――あ、私も縁側から外に出なきゃいけないんですね。
 今日は中禅寺さんにお願いをしにきたのに、なんだかめちゃくちゃな感じになって終わってしまった。なんだか申し訳ない。悪いのはほぼ榎木津さんであるが。
 もしかしたら中禅寺さんは慣れっこなのかもしれないけれど。
 益田さんが玄関のほうからまわって持ってきてくれた靴に足を入れながら、そういえばと思い出して
「あ、あの、中禅寺さん!」
「なんだい?」
 うしろをふり返って見えた彼の表情は、私を憐れんでくれているような感じがした。
「さっき、榎木津さんが来る前になにか言いかけてませんでしたか」
「――ああ、そうそう。僕が本を探しておく間に、これを読んでみたらいいんじゃないかと思って。少し気になっていたように見えたから」
 ゆるりと立ち上がった中禅寺さんは、背後の本の山の中から黒い装丁の物を一冊器用に抜き取るとこちらにむかって歩いてきた。
 さし出された本の表紙には『眩暈』というタイトルが書かれていた。
「これは?」
「関口くんが初めて出した単行本だよ。君のリクエストにはぴったりなんじゃあないかな。マイナーな作家、だったね」
「あ、ありがとうございます」
「読んだ、と一言告げてあげるだけでも関口くんは喜ぶと思うよ」
 中禅寺さんはそう言って珍しく柔和な笑みをその顔に浮かべた。


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