拾壱



「そもそもコックリさんとはね。西洋のテーブル・ターニングという占いの一種が起源になったと言われているんだ」
「あ、なんか卓袱台みたいな形の机をみんなで囲んでる写真見たことありますよ」
「そうそう。よく知っているね」
「前に本で読んだことがあって」
「え、じゃあなんで狐憑きとかそんな発想が生まれるようになったんですか? ないでしょ、西洋に狐憑き。悪魔とかならわかりますけど。あ、悪魔が日本に渡ってきた時に狐になったのかな」
 どこからか勝手に拝借してきた湯のみに急須のお茶を注ぎながら益田さんが言った。ちょうど冷めて適温ぐらいになっているかもしれない。
「だから、それを今から話そうとしてるんじゃあないか。話の腰を折るんじゃないよ」
 中禅寺さんはそう尖った声で益田さんをたしなめた。妙に言い慣れているような様子だったので、こういうやりとりが過去にも何回かあったのかもしれないなと思った。
「す、すいません……」
「ええとそれで、井上円了が『妖怪玄談』に書き残しているには、日本では明治十七年に伊豆半島下田沖に破損して漂着してきた帆走船の船員が自国――米国だね、で大いに流行っていたテーブル・ターニングを地元の住人に見せてあげたそうなんだ。それがやがて各地の港経由で日本にも広まっていくことになるのだが。テーブル・ターニングのやり方は先ほど一さんも言っていたが、みんなで一つの机を囲んでそれに手を置いて行う。誰かが投げかけた質問に対して、机がひとりでに傾いたり移動したりするので、それを元に結果を判断するんだ。ただ当時国内にはまだテーブルが普及していなかったから、代わりにお櫃と三本の竹でテーブルっぽい物を作って行っていたらしい。――すると、どうなると思う?
「ど、どう、とは」
 中禅寺さんの質問の意味がわからず、私は首を傾げた。どうって、一体どうなるっていうんだ。
 私は想像してみる。三本の竹とお櫃を使って作ったという机がどんな感じになるのか。
 ――不安定ではあるだろう。きっと上からお櫃被せただけだし。
 テーブル・ターニングの占い方は中禅寺さんが説明してくれたとおり、みんなで一つの机を囲みそれに手を置いて行う、というものである。誰かが質問すると、机が勝手に動き出す。コックリさんと比較するなら、机が十円玉の代わりになっているというわけである。
――不安定な状態にあるお櫃がもし傾いたり移動したりなどしたら。
「ええと、うーん、普通に机でやるよりも動きが激しくなるんじゃないですかね。なんていうか、お櫃ががくがく傾いちゃいそう。あんまり上手く言えないですけど」
 私が顎に手を添えながら答えると、中禅寺さんはニヤリというような顔つきをしてから「まさにそれなんだよ」
「え」
「要するに、桶が動いて”こっくりこっくりと傾く”様子からコックリさんと名がついたわけだよ。それでのちに、狐と狗と狸の文字を当てて狐狗狸と書くようになっただけの話なんだね」
「なんですかそれ。じゃ狐なんて関係なくなっちゃうじゃないですか」
 益田さんが今日二度目となるへろへろとした声を出した。
「それを知らないでいきなり狐を持ち出してくるから話がややこしくなってくるんだよ。まあいずれにせよ、その華さんという子には今は学校に来られないなんらかの事情があるんだろう。だとしたらそこの探偵がすべきことは一つしかない」
 中禅寺さんは完全にリラックスした体勢で畳に寝っ転がっている榎木津さんを見下ろしながらそう言葉を結んだ。
「あ、そうか。榎木津さんが直接華さんの家に行ってみたらいいんじゃないですか。そしたらなにかわかるかも」
 ――彼は不思議な目を持っている。他人の記憶が見える、という。その目でもって例えば華さん本人や、そうじゃなくても例えばお母さんとでもいいから会えたとしたら、なにかわかることがあるんじゃないだろうか。
「いや、それが、行こうとしたんですよ」
「行こうとした?」
 ということは、なんらかの事情があって行くに行けなかったのだろうか。
「ええ。僕も榎木津さんに一さんと同じ提案をしましてね。まあその直後に『そんなことは下僕のお前に言われずともわかっている!!』と叱られたわけですが。で、やっぱり先方が知ってる顔も連れてったほうがいいでしょうとなって、紘子ちゃんに同行をお願いしたんです」
「それが断られたのだ!」
 ガバッと腹筋の力だけで畳の上から跳ね起きた榎木津さんが勢いよく言った。頬を少し膨らませて不服そうな顔つきをしている。
「当然一緒に行ってくれるかと思ってたんですがね、以前家を訪れた時に会った華ちゃんのお母さんの剣幕がものすごかったってんで、怖くてとても行けないと断られてしまって。それで次に白羽の矢が立ったのが一さんだったったという」
「わ、私?」
 ――いや、なんで!?



- 11 -


[*前] | [次#]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -