「み、未来の話を聞かせる、ですか」
「そうだ!」
 それは、はたしていいのか……? 
 タイムスリップものでは「過去を変えてはならない」というフレーズがよく出てくる。そうすることによって、未来が変わってしまう可能性が生まれるからだ。
 ――私が榎木津さんに未来の話をすることで、今後なんらかの悪影響が生じてくるのではないだろうか。それは過去を変えてしまうことと同義ではないのだろうか。
 とはいえ、榎木津さんに説明をしたところで彼は納得なんてしてくれないだろう。多分。納得とか理解とか、彼はそういう言葉からは遠い場所に立っているように思える。
 しかもそれ以前に、他人の記憶が見える、、、、、、、、、という体質を榎木津さんは持っているそうなんだから、今こうして考えこんでいる間にも彼の目には、私がこれまで見てきた現代の町なみの風景やらなにかの新聞や雑誌記事やら食べ物やら機械やらそのほかとにかく色々なものが映っているかもしれないのだ。昨日、スマホやクッキーのことを言い当てたときのように。
 要するに、最初から隠しようがないのだ。彼がずっと目でも閉じていてくれない限り。それは無理な話である。
 ……ていうか、きっとこれ夢だし。現実じゃないし。いっか、もう。なんでも。
 私は開き直ることにした。
「ええと、なにが聞きたいかとかありますか」
「その小さな板のような物についてだっ!!」



 ――そうして、なんやかんやありながら一ヶ月が経過した。
 私は依然として元の時代に帰ることができず、榎木津さんのところでお世話になっていた。
 そして今、中禅寺さんの家を訪れている。
 お店は今日は開いていた。入り口の扉を開けて一歩中に入った途端、古本特有のあの陰気臭いけれども懐かしいにおいが漂ってきた。どの棚にも隙間なくぴっしりと本が並んでいる様子は店主の几帳面な性格を反映しているかのようだった。ちゃんと本の分類ごとに集めて置かれているようだったし、巻数も順番に並んでいた。まるで図書館みたいだなと思った。
 中禅寺さんはお店の奥の帳場で本を読んでいた。私が声をかける前に彼は顔を上げ、おやというような顔つきをしてから
「いらっしゃい」
 と言った。
「こ、こんにちは」
 私はさっと頭を下げた。
 ……なにをどう切り出したらいいものか。来る前から何度も頭の中でシミュレーションしていたのに、いざ本人を前にすると一つとして言葉が出てこなくなってしまった。
「ただ本を買いにきた、わけではないのかな。まあそんなところに突っ立っていないで中に入りなさい。玄関の方までまわりたまえよ」
「は、はい」
 私は古書店を出て、裏の住宅側の玄関までむかった。
 扉はすでに開いていて、上がり框のところに中禅寺さんが立っていた。以前初めて会ったときは彼はずっと座っていたので気づかなかったけれど、意外と上背があるのだなと思った。
 例の本だらけの部屋に通された。
「今お茶をいれてきます。妻が留守なもので、申し訳ない」
「あ、いえ、そんなお構いなく。そうだ、これ奥様と召しあがってください」
 去ろうとした中禅寺さんにむけて、私は手に持っていた紙袋をさしだした。神保町で有名な和菓子屋さんの紙袋である。中には豆大福が入っている。
 彼は漆黒の瞳を見開いて、少し驚いたような顔をした。
 あれ、おかしいな。事前にこっそり榎木津さんにリサーチしておいたんだけどな。アレはああ見えて甘い菓子が好きなのだ、という。もしかして和菓子よりも洋菓子の方がよかったんだろうか。それか榎木津さんにからかわれたとか?
「え、あ、ひょっとして甘い物お嫌いでしたか? す、すみません」
「いや、すまない。そういうわけじゃないんだ。どうやら僕は、丁寧にお菓子などを持ってきてくれる来客には常日頃恵まれていないようでね。ありがとう。この店は妻も好きだからきっと喜んでくれるよ」
「そ、それならよかったです」
 まあたしかに、榎木津さんなどが人の家にお土産を持っていくなんて場面は想像すらできない。天変地異なみである。
 紙袋を受け取って部屋から出ていった中禅寺さんは、五分ほどしてまた戻ってきた。湯のみと急須の乗ったお盆を両手に持っていた。
「僕はあまりお茶をいれるのが得意ではなくてね」
 そう言いながら彼は私の目の前に湯のみを置いた。すでに中にはなみなみと緑茶がそそがれていた。
 誰がいれてもお茶の味なんか変わらないと思うけど。私は一言お礼を告げて湯のみに口をつけた。
 ―−ちょっと苦い。
「それで、今日はどんな用事でうちに?」
「中禅寺さんに折り入ってお願いがありまして」
「まさか、以前榎木津が持ってきた君の依頼の話のことじゃあないだろうね」
 彼は訝しげな顔をしながらお茶をすすった。
「それはもういいんです! あ、いや、よくはないかもしれませんけど。そうじゃなくて、ええと、その、実は中禅寺さんに二、三冊本を見繕ってもらえないかと思いまして」


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