陽炎の君 | ナノ
あれはきっと過去のこと


ゴロゴロという音を響かせながらキャリーバックをひいて新幹線乗り場まで行くと、先についていた三成くんに軽く手をふられた。

「おはよう」
「おはよう、 詩織」

今日の彼は、ネイビーの V ネックカットソーに細身の白いパンツをはいていた。アクセサリー類は腕時計が左手についているだけで、ごくあっさりとした服装ではあったが、彼の雰囲気にはよくあっている気がした。

「荷物なんだか大きいね」
「旅行が終わったらそのまま東京に帰るつもりだからな」
「そうなんだ」

私の手にしているキャリーバッグよりひとまわり上はありそうな物が、三成くんの傍らに置かれている。
東京に帰ると聞かされたとき、わりに強い衝撃が全身を駆けぬけていった。先日のカフェでの決意が蘇ってくる。答えを出すための、旅行。
どちらからともなくそれじゃあ行こうかと言って、私たちは改札をくぐった。二枚同時に切符を投入しなければならないこの瞬間は、いつも不思議な気分にさせられる。
ホームに人影はまばらだった。線路のむこうには朝日を受けて立っているホテルやら電気店やらの巨大な建物群が見える。空気は少し肌寒く感じた。

「晴れてよかったな」
「そうだね」

電光掲示板の表示に従って自由席の号車口まで歩いていく。ホームに響きわたるアナウンスと目の前に滑りこんできた車両を見て、新幹線に乗るのはそれこそ修学旅行以来だなと思った。
列車の中に乗りこむと、すぐに見つかった二人がけの席へ座った。久しぶりの早起きのために凝りかたまっていた体がゆっくりと弛緩していくのを感じて、私はほっと息をついた。

「三成くんは朝ごはん食べてきたの」
「いや、今から食べる。詩織」
「私も今から」

ここへ来るまでにコンビニで買っておいたサンドイッチとお水をレジ袋の中から取りだす。瑞々しい厚みのあるレタスがおいしいサンドイッチだった。濃厚なチーズとハムとの相性もいい。
横目で三成くんのほうをうかがうと彼はショートブレッドのような物をくわえていた。喉仏が上下するたびに少しづつその長さが短くなる。膝に置かれている鮮やかな黄色いパッケージは、有名な栄養補助食品だということをなによりも物語っていた。

「ご飯てそれ?」
「え、普通だろう」
「いや、必ずしも普通ではないと思うけど。だからそんなに痩せちゃうんだよ」

 思わず驚いて尋ねたのに、彼のほうがあまりにもあっけらかんとしていたので、私はそれ以上なにも言うことはせず黙った。
窓の外の景色はとっくに動きだしており、うしろへと流れていく高速ビルを見ながら無事に旅行が終わりますようにと祈っていた。
*
宮島へは広島駅からさらに在来線とフェリーを乗り継がなければならない。それらの工程がようやく終わり島へ到着すると、まず体じゅうを鋭いひざしが襲った。
全体がどこか神秘的な雰囲気を漂わせた場所だなと思った。とてもゆったりと時間の流れていくような感覚がある。
寝たり歩いたりと本能に従って行動する鹿たちを横目で見ながら商店街の方向へ足を進めた。旅館や飲食店、お土産屋などの連なった景色に自然と目が奪われていく。
そのとき「揚げもみじ」と書かれた大きな看板が視界に入ってきて、私はそれがどうしようもなく気になってしまった。軒先をじっと無言で見つめていた私に

「食べたいのか」
「どうしても気になっちゃって」
「じゃあ買いにいこう」

言うが早いが、三成くんはすっとお店に入っていったので慌てて私もあとに続いた。
揚げもみじとは、どうやらもみじ饅頭を油で揚げたお菓子らしかった。ボウルいっぱいに作られた天ぷら粉の中へもみじ饅頭を落とし、よく衣のつけたそれを一つずつ油へ投入する。食べやすいよう、最後に割り箸を刺して完成だ。
私はクリームを、そして三成くんはあんこを頼んだ。
胸を高鳴らせつつ一口かじる。外側はさっくりとしているのに、中はふんわりとしている食感というのはまさにこれのことかと思った。とろっとあふれてきた温かいカスタードクリームも甘すぎなくてちょうどいい。
カロリーの暴力みたいな食べ物だが、もみじ饅頭を揚げただけでこんなにもおいしくなるなんてと私は驚いた。これを初めて発明した人はきっと天才かなにかだ。

「意外とうまかったな」
「うん。何個でも食べられちゃいそうだった」

商店街を抜けてすぐに、テレビや雑誌などでよく見かける朱色の大鳥居が見えた。海上を静かに佇んでいる様子はまるで奇跡のようだった。美しく、それでいて雄大だ。
そこから道なりに進むと厳島神社への入り口があった。手水舎で手を清めてからそっと中に入っていく。
道の両側に立っている朱色の柱は目にも鮮やかで、そっと触れると歴史の重みさえも感じられたような気がした。すごいね、きれいだね、などと言いあいながら大きな賽銭箱の前までやってきて、そ ういえば神社は二礼二拍一礼だったかなと考えながら私は五円を投げ入れた。
目を閉じた瞬間、願い事よりも先に白昼夢のようなものが突然脳内へと流れこんできた。それは、 小学五年生ぐらいの男女が夕日を背にして一緒に歩いている映像だった。とても仲がよさそうに見える。二人ともランドセルを背負っていたから学校帰りなのかもしれない。
ふと懐かしいなと思った。かつての自分も同じような光景の中にいたからだ。
変わってしまった。本当はいつまでも変わらないでいてほしかった。それがどんなに愚かな願いだったとしても。どうしようもないことだったとしても。
まぶたの裏側を強烈な光がさした気がして、私はぱっと反射的に両目を開けた。とっくに祈り終わっていたらし三成くんは、ここでも静かな表情をたたえながら前だけを見つめていた。

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