陽炎の君 | ナノ
いつかの学校探検


どうして今さらそんな場所に。私は三成くんの隣を歩きながらそう尋ねた。
彼はそれに一言、忘れ物があってと答えてくれた。なんでも高校三年生のとき、試験の採点間違を見つけて彼は一旦教師へ解答用紙を預けておいたそうだ。しかし結局、在学中に返ってくることはなかったのだという。それで三成くん本人も特に気にせずにいたので水に流されるだろうと思っていたが、昨夜かかってきた電話で解答用紙をずっと自分が持っていたことを教師から謝り倒されたらしい。
「だけどそれって問題じゃないの。もしかしたら紛失してた可能性だってあるわけだし。わざわざ取りにこさせることも、誠意がないというか」
「テストの点はちゃんと直されていたのでな。今の時期に暇なのは学生だけだ。教師は忙しいだろう」
真夏の太陽が私たちの頭上で強烈な光をはなっていた。日傘くらい取ってこればよかったと後悔した。
はしゃぐ声が聞こえてきて、近くの曲がり角から数人の男の子たちが飛びだしてきた。小学四年生ぐらいであろうか。片手には水着の入ったビニールバックを持ち、もう片方の手には虫取り網が握られていた。肩からは蛍光グリーン色のかごをさげている。きっとプールで体を冷やしてから虫でも捕まえにいくのかなと思った。暇なのは学生だけ、という三成くんの言葉が脳内に強く反響していた。
高校までは歩いて十五分ほどだ。数ヵ月ぶりに校門をくぐって学校の敷地内へ入っても、特別な感慨を受けなかったことに私は少なからず驚いた。ここを卒業したというただその事実だけが、自分の胸に唯一残っているものなのかもしれなかった。愛着とか思い出とかではなく。
在校生用の玄関を使うことはできないので、私たちは職員玄関まで行って靴を脱いだ。すぐ近くにある事務室で事情を話して許可証を二つ出してもらう。それは暑い中ご苦労様ですと、受けつけのお姉さんは言ってくれた。笑うとえくぼのできるかわいい人だった。
夏休み中だからか、職員室の人影は少なかった。
冷房がきつくかけられた室内へ対して、大人はずるいと高校生のころから考えていたのを思い出す。間違いなくここはオアシスだ。楽園だ。  
そういえば三成くんの解答用紙を持った先生は誰なんだろうと疑問に感じ、職員室を見まわしていたら
「待ってたよ」
山のように積まれた書類のむこうから一人の男性が顔をのぞかせた。
前田先生である。健康よく日焼けをした肌と、立派な体格から体育教師に間違えられやすいが実際そうではなく、日本史の教員だ。教え方が上手で、年齢も若いしそれなりに人目をひく容姿をしていたから生徒たちの間では評判が高い先生だった。
彼は机の中から紙を抜くと三成くんに渡した。九十八点の答案が百点へ直されていた。
「ほんとごめんね」
「気にしないでください。自分も忘れてたくらいなので」
「本当は君の家まで渡しにいくのが礼儀だとは思ってたんだけど、なかなかこれが終わらなくて」
三成くんから視線を離した前田先生は、すぐ隣の書類の山を見つめた。それは進路調査票で、ふいに一年前の記憶が蘇ってきた私は軽いめまいを覚えた。
大学か、専門学校なのかすら決まらない。焦り。苛立ち。不安。色々な学校のパンフレットをかき集めることで、どうしようもなく湧き上がってくる感情から逃げる道を探していた。
「ところで野田も一緒なんだね。君たち仲よかったっけ?」
急に名前を呼ばれて驚く。思考の海から陸地へとむりやり引きずりだされたかのようだった。
「私たち幼なじみなんです。早川くんの家へ野菜を届けたら、高校に用事があるって聞いて。おもしろそうだから来ちゃいました」
「なるほど。じゃあ、校舎内でも見て帰りなよ。卒業から時間がたってるわけじゃないし、特別に懐かしいと思えないだろうけど」

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