石田、こっちを向いて。 | ナノ
メランコリックパーティー


「……え。……いてる?」
「…………」
「ねえ、聞いてる? 詩織ってば! 」

名前を呼ばれたことによって、急に私の意識は外界へと引きずり出された。
声のしたほうを見れば、友人が仁王立ちをしながら椅子に座っている私を見下ろしていた。その額には細かいしわが寄っていた。

「ご、ごめん。ぼうっとしてた。なんだっけ」
「だからこの間の期末の試験勉強一緒にやろうよって約束どうするのか聞いてるの。詩織、考えておくって言ったでしょう」
「ああ、そうだったっけ。ううん、悪いけど今回は一人で勉強することにするよ。せっかく誘ってくれたのにごめんね」
「……ねえ、最近元気もないし、心ここにあらずみたいに黙って宙を見つめてることが多いけどなにかあったの? なにか悩んでるんだったら話だけでも聞かせてよ。たいしたアドバイスはできないかもしれないけど、一人で抱えこむのはよくないと思うの」

ドキッとした。まるで強い力で一瞬、心臓が握られたような感じだった。嫌な汗が背中をうっすらと濡らす。
たしかにここ数日、自分でもおかしいと思うぐらい私は異常だった。学校のある日は気づけば授業はすべて終わっていて放課後になっているし、休みの日はどこへ出かけることもなにをするのでもなくただベッドの上に寝転がってすごしている。
原因なんてわかりきっていた。嫌というほど。
しかし私はへらりと顔に笑顔を貼りつけながら

「悩みごとなんてないよ。ちょっと体調が悪いだけだから心配しないで」
「ならいいんだけど……あんまり無理はしないようにね」
「うん、ごめんね。ありがとう」

私と石田くんは本当はつきあっていないこと。先輩に頼まれて偽装恋愛をしているだけにすぎないこと。私は先輩が好きだから、彼の力になりたくて、彼の憂いを断ち切りたい一心で、その申し出を受け入れたこと。それがために周囲を騙していたこと。
しかし、当の先輩にはつきあっている彼女がいた。大失恋をした私はというと、まあ今のようなありさまなのだ。
言えるわけがなかった。相手にどう思われるかということを考えたら。友人を疑ってはいけないことなんてわかっている。もしかしたら私が勝手に一人で心配しているだけなのかもしれない。杞憂にすぎないのかもしれない。話したら当然、気は楽になるだろう。
でも、言えないと思った。だめな気がした。これは自分だけの問題じゃなかったから。
――好きになってしまったのだ。お前を。
あの日、石田くんは私にそう言った。私はしばらくなにも答えられなかった。好き? 石田くんが? 私を?

「どうした」

突然黙った私を不審に思ったのか、石田くんはそう言って軽く顔をのぞきこんできた。多分、そのとき私はきっとひどく間抜けな表情をしていただろうと思う。

「どうしたって、どうしたもこうしたも……」
「ああ、すまなかった。驚かせたな」
「驚いたっていうか、そもそもまず石田くんが誰かに恋愛感情を抱けるんだってことを知ってショックを受けてる」
「私を馬鹿にしているのか」
「馬鹿にはしてないけど……ごめんなさい」

なんだか先ほどまでの緊張感が皆無になってしまった。
聞きたいことは色々あった。いつからだとか、どうしてだとか。でもどんな言葉も出てこなかった。今目の前で起きていることを理解するので精いっぱいだった。
石田くんはちょっと眉をひそめてから

「その謝罪は私の告白に対する返事か」
「ち、違う、違う! えと、その、なんというか、ありがとう。ちょっとびっくりしたけど嬉しかったよ。うん」
「断られることなど最初からわかっていた。……嬉しいなどと、嘘などつかずともいい」
「嘘じゃないよ! 嘘じゃない!! でも、少し時間をください。先輩のことがまだ自分の中でちゃんと整理できてないから。そんな状態で石田くんに返事をするのは失礼だと思うの」

私がそう言うと、石田くんは静かに首を縦にふった。
あれからすでに二週間がたっているものの、相変わらず私は大失恋を引きずっていて、整理するどころかどんどん悪化してきているようにも感じる。学校内で先輩を避け、石田くんとも顔をあわせないよう気をつけている有様だ。
わかっている。このままじゃいつまでたってもなにも解決しないことは。
でも、そう簡単に答えが出せないぐらいには、私は先輩のことが本当に好きだった。

「もう、またぼうっとしてる。ほら、次の時間の用意ぐらいしたら?」
「ああ、うん。えっと、次ってなんの授業だっけ?」
「数学! ちょっと、詩織本当に大丈夫?」

友人の手が額にぺたりと当てられる。熱はないみたいだけど、と言う彼女にだから大丈夫だってと薄く笑った私は机の中から教科書とノートを取り出した。

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