石田、こっちを向いて。 | ナノ
誰も私の涙をぬぐってはくれない


休日の駅の構内はひどく混んでいる。買い物をしている人、食事をしている人、誰かと待ちあわせをしている人などで。そんな中、彼はまるで一人だけ飛び出すように目立って見えていた。多分それは、彼の背が高いこととシルバーという髪色のせいだろう。

「石田くん、おはよう」
「来たか」

以前約束したとおり、今日は石田くんと映画館に行く日であった。彼は黒いポロシャツの上に灰色のカーディガンを羽織り、ホワイトデニムを履いていた。私のコーディネートを全て忠実に守ってくれたらしい。うん、やはりよくにあっているなと思った。

「映画館はどちらだ」
「駅のすぐむかい側にあるの。よし、行こっか」

案内するよう、私は先に石田くんに背をむけて歩きだした。彼はそんな私についてきながら

「もう少しふわふわとした感じのを想像していた」
「え」
「貴様の服装の話だ。しかし、そういった格好も案外にあう」
「あ、ありがとう……?」
「どうしてそこで疑問系になるんだ」

思わず疑問系にならないほうが無理だと言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。それを言葉にしたら最後、不毛な応酬が続くことになるだけである。私は「石田くんに急に褒められたから、ちょっと驚いただけだよ」とごまかした。
ホワイトシャツに紺色のロングスカート。それが今日の私の着ている服だった。石田くんの言うとおり、たしかに普段の私はこれよりももっとピンク色のプリーツスカートだとかフリルのあしらわれているワンピースだとか乙女チックな服装をしていることが多いし、家のハンガーラックにはたくさんそういう服がかかっている。
石田くんにあわせたのだ。彼が私の選んだコーディネートでやってくるなら、私もそれと同じように落ちついた装いにしようと。
映画館の入っているビルに足を踏みいれると、肌の表面をわずかな冷房の風が滑っていった。もう、夏も近い。

「映画館はここの五階だから。エスカレーターのほうが道がわかりやすいからそっちで行こう」
「ああ、任せる」

ずっと考えていたことがあった。あの日、突然私の胸の中に巣食いはじめた罪悪感。もしかしたら傷つけられているのは私たちなんじゃなくて周りの人なのかもしれない、私たちが周りの人を傷つけているのかもしれない、という思い。
どうすればいいのだろう。悩むくらいだったら、いっそこんな馬鹿げた計画に今後つきあわなければいい。ああ、そうだ。そのとおりだ。
だけど先輩の期待は? 先輩は私のことを見こんでお願いしてくれたのに。君しか頼めないとまで言ってくれたのに。踏みにじるのか。踏みにじれるのか。それが私に。

「あれは」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「なんでもないって、絶対今なにか見つけたでしょう。ごまかすの下手なんだから」
「あ、おいそっちは――」

容易に答えは出なさそうなことをぐるぐると考えていたとき、石田くんの驚いたような声が耳に飛びこんできた。うしろをふりかえって確認すると、彼は本屋やCDショップ飲食店など様々なテナントが並んでいる中でただ雑貨屋の一点だけを見つめていた。
エスカレーターと雑貨屋の間にはそれなりに距離があったものの、その店先を一組の男女が手をつないで歩いている姿が見えた。
あれ、と思った。美しい銀色の髪。均衡のとれた体つき。まるで天才人形作家が作ったんじゃないかと疑ってしまうほど完璧なその容貌。
私が彼のことをほかの誰かと見間違えるはずはない。そんなことありえない。先輩だった。
そして先輩は――

「野田!?」

気づいたときにはもう私は走りだしていた。上りのエスカレーターを逆に進んでいるなんてことかまわずに。ほかの人に変な目で見られることなんてかまわずに。
だってそんなことを気にしていられないほど、そのときの私は正気を失っていた。

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