石田、こっちを向いて。 | ナノ
日進月歩


「今日帰りカラオケ行かない?」
「あ、いいね。行きたい」

私は今日も今日とて友人と机を囲んで昼食をとっている。
あれから数日がたった。あれ、というのはもちろん先輩から衝撃的なお願いをされたことを指して言っている。
思い出すと、今でも少し気が狂いそうになった。私が好きなのは先輩なのに。その先輩に僕の大切な後輩の将来のためにつきあっているふりをしてほしいと頼まれるだなんて夢にも思っていなかった。いや、本来あってはならないことだった。
しかし一方で、先輩は私に絶大な信用を置いてくれているのであろうこともわかった。それは時には愛情よりも大きくて確固たるものともなりえるのではないだろうか。だから私は一概に絶望したとも言えず、やはり結局石田さんとの偽装恋愛を承諾したのだった。

「そういえばこの間竹中先輩に呼ばれてたけど、知りあいなの」
「え、ああ、同じ中学校だったんだ。そのときに少しお世話になったの」
「いいなあ、この学校で一番の有名人だよ。羨ましい」
「クラスの子には内緒にしてね。色々聞かれるのも面倒だし、先輩に迷惑かかっちゃうかもしれないから」
「了解」

話のわかる友人で助かると思いながら私は卵焼きを口に入れる。噛んだ瞬間にふんわりとしたやさしい甘さの出汁が口の中へ広がって冷めているのにひどくおいしかった。時々自分でも作ってみるけれど、母親のような物ができないのが微妙に悔しい。やはりレシピを教えてもらうべきか。
などと考えていたとき

「おい」
「い、石田さん」

ふりかえると背後にいつのまにか石田さんが立っていた。

「行くぞ」
「ど、どこに」
「決まっているだろう。ともに昼食をとりにいくのだ」
「ともにって私もうすでに食べはじめてるんですけど」
「そんなことは関係ない。食べかけの弁当でもいいから持って私についてこい」
「ちょっと石田さん!」

どうやら言いたいことはすべて言いきったらしく、彼は踵をかえすなりすたすたと歩いていってしまった。私は唖然として様子を見守っていた友人に対して「ごめん」と謝ってから、急いで弁当箱へ蓋をするとランチクロスに包んで教室を出た。
早歩きの石田さんに小走りでついていきつつ

「どうして急にお昼ご飯なんですか」
「半兵衛がおっしゃったのだ」
「先輩が?」
「恋人であれば一緒に昼食をとるのが自然だろう、と」

たしかにもっともだとは思う。けれど、この提案はすでにもう破綻しているんじゃないだろうか。他ならぬ石田さんの手によって。
あんな誘いかたじゃまるでリンチと一緒だ。周囲に私たちがつきあっているよう見せかけなければならないのに、まったく伝わっていそうにないどころか、別の変な誤解が生まれてしまいそうである。

「ここでいいだろう。さあ座れ」
「ど、どうも……」

やってきたのは食堂だった。いつもお弁当の私がここへくるのは初めてである。すでに席のほとんどは大勢の生徒で埋まっていた。
私たちは食堂の中でも中央寄りの席へ座った。

「あの」
「なんだ」
「先輩とは昔からのお知りあいなんですよね。でも具体的にどんなご関係なんですか」
「……半兵衛様のご実家は昔、呉服屋を経営していらしたのだ。両親がそこでお世話になっていた縁で、よく私の相手をしてくださっていた」

先輩のお家が呉服屋をやっていたことは知っている。ただし数年前、折からの不景気と着物離れが原因で暖簾を下ろさずをえなくなってしまった。
でも先輩は、いつか自分の力でもう一度ご両親のお店を再開つもりだ。そのために経済書やらビジネス書やらというおおよそ普通の高校生には似合わない本を毎日読んで必死に勉強している。

「私は呉服屋にいる半兵衛様が好きだった。半兵衛の夢を応援したい。だからこそあの方の心の憂いとなるものはすべて排除しなければならないと考えている」
「うん、そうだね。私もそう思う」
「初めて敬語が取れたな」
「へ?」
「なんでもない。それより早く飯を食え」
「はあ」

そういう石田さんは手ぶらで来ていたようだったけれど、なにも食べないのだろうか。それともすでに食べ終えてしまったのだろうか。
正直、今も石田さんのことはよくわからない。怖いし、無愛想だし、本当にこんな人が彼氏だったら耐えられないと思う。だけど今日、たったの一歩だけど、彼に歩み寄れた気がした。

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