石田、こっちを向いて。 | ナノ
ひどい人ね


大好きな先輩を追いかけてこの学校に入ったはずだった。勉強の苦手な私が一年間死に物狂いで頑張って、県内でも有名なこの学校に入れたのはひとえに先輩がいたからだった。でも、今私の隣にいるのは彼じゃない。





五月も末のことだ。友人と机を囲んで昼食をとっていたとき、先輩が私の教室へやってきた。学校で先輩を知らない人はいない。容姿端麗な上に頭もいい。二年生にして副会長を務めている。当然ながら女子人気は高く、先輩が現れるなり教室じゅうが黄色い声に包まれた。
先輩は大胆にも教室へ入ってくると

「ちょっと話があるんだけどいいかな」

と私に話しかけてきた。

「だ、大丈夫です」

私はみんなの好奇の視線にさらされながら教室をあとにする。どうしてとかどんな関係なのかとかいう声が聞こえた気がした。
一本うしろをついていきつつ、先輩の歩く所作を見る。猫のような動き方をする人だと思った。しなやかで、優雅で、一切の無駄がない。容姿だけではないのだ。この人は全身からその美しさを立ち上らせている。
連れてこられたのは図書館だった。昼休み中の図書館はひどくがらんとしていた。私たちは多くの本棚の間を抜けて奥の方へと行った。
そこでは一人の男の子が待っていた。おそろしく背が高く、それでも学校指定のスリッパの色から彼も一年生だということがわかった。髪色は先輩と同じ白で、綺麗な顔をしているなとは思ったが、同時に鋭利なナイフを想像させるような冷たい雰囲気をまとっていると感じた。

「これから僕が言うことは、今ここにいる三人だけの秘密にしてほしい」

先輩が妙に潜めた声で言った。

「秘密、ですか」
「詩織にお願いがあるんだ。君にしか頼めないことだよ。彼――石田三成君のことについて。三成君とは昔からの知りあいで、非常に優秀な子なんだ。いずれは生徒会長を務めてほしいと思っている。そんな彼に悪い虫がつかないよう、君に協力してほしいんだ。彼は喋ると粗が出るけれど、黙っていれば懸想する女子はたくさんいる」
「……あの、先輩。お話はわかりましたが、私にどうしろと……」
「貴様と私がつきあっているふりをするのだ。半兵衛様がもういいとおっしゃるまで」

脳天を金属バットで殴られたような衝撃を感じた。その衝撃は体じゅうを侵食するようにゆっくりと下降してきて膝を震わせる。なんで好きな人からそんなことを頼まれなくちゃいけないんだ。ふざけんな、と言って逃げだしてしまいたかった。私がどんな思いでこの高校へ進学してきたと思っている。
それでもきっと私は頷くだろう。君にしか頼めないなんて大好きな先輩から言われたら。だって、私が先輩にしてあげられることなんて、これくらいしかない。

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