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大学へ行こう!(下)


「失礼します」
「おや、君は……」

彼を見た瞬間、私は佳人という言葉がこれ以上似あう人はこの世には他にいないんじゃないと思った。それぐらい彼は綺麗な顔つきをしていた。白雪姫も裸足で逃げだしてしまいそうなほど白い肌。つやつやと輝くシルバーブロンド。まっすぐに通っている鼻筋。品のよい形をした桜色の唇。先ほど声を聞いていなければ、女性だと勘違いしていたかもしれないと思った。

「突然お邪魔してすみません。私は石田三成の妹で詩織と言います。お兄ち――兄から忘れ物を届けにここまで来るよう言われてのですが……」

こちらを見つめたまま微動だにしない竹中さんに慌ててそう説明した。すると彼は「ああ」と得心したように言ってから、椅子を立ちこちらに近づいてきた。

「君が三成くんの妹さんかい。話は彼から聞いているよ。遠いところをご苦労だったね」

フチなし眼鏡の奥の菫色の瞳がふっと優しく細められる。

「いえ、兄からの頼みごとですから。ええと、竹中さんにお渡ししておけばいいんですかね」
「そうだね、僕もちょうど手が空いたから一緒に三成くんのところへ行こうか。多分今なら実験室にいるはずだから」

竹中さんはそう言うと、無駄のない動きで丸椅子から腰を上げた。そしてそのまま扉にむかって歩きはじめる。
突然の提案に唖然とするしかなかった私は彼に「どうしたんだい。着いてきたまえよ」と言われるまでずっとその場に立ちつくしていた。
*
「詩織君は今、高校生だったけ」
「はい。高校二年生です」
「一番楽しい時期だね。大学はどう? 初めて来るんじゃないかな」
「正直、K大学なんて生きている間に絶対足を踏み入れることなんかない場所だと思ってたので今もドキドキしてます。誰かとすれ違うたびにこの人たちはきっと未来の医者や弁護士や政治家の卵なのかもしれないなって考えちゃったり」
「ふふ、そんなに緊張してなくても大丈夫だよ」

竹中さんはそう言って、また笑った。
不思議な魅力のある人だと思った。心が自然と奪われてしまうというか、目を離していられなくなる。お兄ちゃんは彼のことを「半兵衛様」と様なんかを呼んでいたけれど、なんとなくその理由の一端がわかった気がした。

「実験室はここを降りたところにあるんだ。暗いから気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」

地下へと続いているらしいその場所は、先ほど竹中さんの研究室へ行くために通った廊下よりもたしかに薄暗かった。地下の実験室。絶対にありえないとはわかっているけれど、なにやら日夜怪しい実験でも行っているのではと考えてしまう。
慎重に階段を降りていき、廊下の奥まで進む。重そうな鉄扉を竹中さんは二回叩いてから

「三成くん入るよ」

と言ってドアノブをまわした。
扉のむこうには床も壁も天井も白い空間が広がっていた。棚に所狭しと並べられた用途のよくわからない実験用器具と薬瓶。大小の機械。部屋の中央には大きな机が置かれており、そこに白衣を着たお兄ちゃんと島さんが立っていた。手もとでなにやらが蠢いている。よく見るとネズミだった。

「あ、半兵衛どうも。おじゃましてます」
「やあ左近くん。君がここにいるということはこの間のレポートは終わったのかな?」
「そ、それは……」
「貴様、私が時間を割いてやったというのにまだ提出してなかったのか! 半兵衛様の講義だというからわざわざつきあったというのに」
「……今から最後まで書きあげてきます」

部屋に入るタイミングを計りかねて入り口の前で突っ立っていたところに、そう言った島さんが歩いてくる。彼は私に気づいたらしく少し驚いた顔をしながら

「詩織ちゃんだ。どうしたの、こんなところで」
「兄に頼まれて忘れ物を届けにきたんです。そうしたら竹中さんがここまで案内してくださって」
「ああ、なるほど。遠い所からお疲れ様」
「ありがとうございます。島さんもレポート頑張ってくださいね」
「ガ、ガンバリマス……」

苦虫を噛み潰したような顔をして島さんが出ていったあと、入れ替わるようにして私は実験室に足を踏みいれた。

「はい、忘れ物。これでよかったよね」
「問題ない。感謝する」
「いいよいいよ、家族なんだから。助けあわないと」

私が茶封筒をさしだすと、お兄ちゃんはネズミを透明なケージに入れたあとそれを受け取った。それから竹中さんのほうをむくと

「すみません、半兵衛様。お手数をおかけして」
「いや、君に兄妹ができたと聞いたときから一度会って話してみたいと思ってたから。いい妹さんを持ったね。賢くて礼儀正しい。大切にしたまえよ」
「……はい、ありがとうございます」

にこやかに告げる竹中さんと、なぜか少し照れている様子で頭を下げるお兄ちゃん。
ネズミが回し車を走る乾いた音がしていた。

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