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大学へ行こう!(上)


それは土曜日の昼下がりのことであった。部屋で本を読んでいたとき、突然スマートフォンが鳴った。LINEやメールではなく、電話の着信を告げる音だったので、珍しいな誰だろうと思って画面を見るとお兄ちゃんという文字がそこには表示されていた。
私は少し驚く。お兄ちゃんは携帯嫌いで、連絡先を交換したはいいものの、今の今まで一度だって電話やメールをしてきたことはなかったからだ。一体どんな重大な用件だと言うんだ。私は思わず身構えながらスマートフォンの通話ボタンに触れた。次いで耳に押しあてる。

「もしもし」
「すまない。今、大丈夫か」
「うん、大丈夫。それよりもお兄ちゃんが電話なんて珍しいね。なにかあった?」
「実は忘れ物をしてしまってな。私の部屋の机の上に茶封筒が置いてあると思うのだが……」
「茶封筒? ちょっと待ってね」

言うが早いか立ち上がり、私は自室を出た。お兄ちゃんの部屋。納戸を挟んだ、私の右隣にある部屋。
扉を開けるとひどくガランとした景色が目に飛びこんできた。お兄ちゃんの部屋はとにかく物が少なかった。ベッドと本棚とローテーブルというように必要最低限の家具しか置かれておらず、私の部屋みたいに歌手のポスターやぬいぐるみといったような個人の好みを反映させている品もない。
しかしだからこそ、探し物はしやすい。
はたして茶封筒はローテーブルの上にあった。

「見つけたよ」
「それを大学まで持ってきてほしいのだ。今から」
「今から」
「ああ。本来であれば私が取りにいくべきなのだろうが、何分急ぎの課題が中に入っていてな。家と学校を往復する時間が惜しい。悪いが頼めるか?」
「わかった。任せて」

私が頷くと同時に、半兵衛様の研究室に来いという声が聞こえて電話は切れた。
*
××駅から歩いて数分のところにお兄ちゃんの通っているK大学はある。全国でも名の知られて有名大学だ。まさか生きているうちにこんな場所へ足を踏み入れる機会が来るなんて思ってもいなかった。やはり人生、なにが起こるかわからん。
お兄ちゃんは電話の最後に「半兵衛様の研究室に来い」と言った。多分、半兵衛さんというのは人の名前で、大学の先生だろう。見つけた校内図によると研究棟というのがキャンパスの奥のほうに建っているらしく、研究室はそこにあると思われた。私は茶封筒の入った手提げカバンを肩にかけ直す動作をしてから、再び歩きはじめた。
土曜日だというのに、ちらほらと人とすれ違った。すれ違うたびにこの人たちは未来の医者や弁護士や政治家の卵なのかもしれないなどと俗物的なことを思った。
研究棟は見上げるくらい高くて、謎の緊張感が一気に湧き上がってきた。というか、私みたいな一介の女子高生が来るべきところじゃない。選ばれた人間だけが入れるところだ。ここは。しかしお兄ちゃんから頼まれたお使いはやり遂げなければ。
怖気づきそうになる心を叱咤させて、研究棟の自動ドアを潜る。中に入ると真正面に受付のような場所があり、スーツ姿の綺麗なお姉さんが一人座っていた。

「あの、すみません」
「どうなさいましたか?」
「えと、半兵衛先生、の研究室はどこでしょう」
「竹中先生の研究室でしたら、七一四号室ですね。あちらのエレベーターで七階まで上がっていただければ大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」

部外者も同然なので、つまみ出されたらどうしようか心配していたのだが杞憂に終わってくれたようだった。密かに安堵してからお礼を言い、エレベーターにむかった。
するすると狭い箱が上を目指して登っていく。オレンジ色に灯る数字の数がだんだん大きくなっていく。
やがて音が鳴り、目の前の扉が開いた。七階に着いたのだ。

「七一四号室……七一四号室……」

呪文のようにそう唱えながら目的の部屋を探して細長い廊下を歩いた。ひどく静かだった。照明がつけられていないので真昼でも薄暗く、リノリウムの床は淡い影に覆われていた。

「ここ、だよね?」

七一四という文字の入ったルームプレート。竹中半兵衛研究室と書かれたホワイトボードが紐を使ってドアノブに引っかけられている。うん、間違いなさそうだ。
水色の扉を二回叩いた。はい、という男性にしては高くて柔らかい声が聞こえた。
私は深呼吸をしてからドアノブを一気に捻った。

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