Girls,be ambitious! | ナノ
奇なり


一通りの挨拶が終わり、ずっと立ちっぱなしもあれだからと私は空いていたダイニングテーブルの右奥の席に腰かけた。左側に父、斜め前に瑞子さん、そして正面に三成さんの姿がそれぞれ見える。

「そういえば二人にお願いがあってね」
「お願い?」
「明日から瑞子さんと旅行に行ってこようと思うんだ。まあ、新婚旅行ってやつだな。四日間くらいで帰ってくると思うが、その間に引越し業者から荷物が運ばれてくる手筈になってるから悪いけど整理しておいてほしいんだ」
「さっそくばたばたさせちゃってごめんなさいね。私の物はダンボールごと部屋に入れてもらえればそれでいいわ。詩織ちゃん、なにか困ったときは三成に聞いてね。知ってるはずよ」

私は自分の耳を疑った。疑いたかった。
今日知りあったばかりの人間と二人きりで数日間過ごせと言うのか! 同じご飯を食べ、同じお風呂に入り、同じ屋根の下で眠れと言うのか! そもそもそんな大事なことは事前に相談するべきじゃないのか!! 私の頭の中には次々と文句の言葉が浮かんできたが、ふと目の前に座っていた三成さんを見た瞬間、昂ぶっていた気持ちが急速にしぼんでいくのを感じた。
彼はごく涼しい顔をしてこの話を聞いているようだった。驚いている様子もなければ、慌てている様子もない。ひょっとしたら諦めているのかもしれなかったが、どうもそうではないようにも思えた。根拠などはなく、ただの私の勘にすぎなかったけれど。
ともかく、この状況で私だけが異論を挟むのも空気が読めないような気がしたので

「わかった。お家のことは任せて楽しんできてね。お土産はよろしく」

と言った。
*
「まあそういうわけなんだよ」
「どういうわけなんですか! まったく説明になってないですよ!! 詩織ちゃんはもっと危機感を持つべきだと思います」
「まさか鶴姫ちゃんから危機感っていう言葉を聞く日が来るなんて思わなかったよ」

彼女はこのあたりでは有名な神社の一人娘で、いわゆる箱入りというやつだった。そのためか少々私たちとは常識や感性のずれているところがあり、以前校外学習で動物園に行って馬を見たときは犬だと言い、虎を見たときは熊だと言いものすごく驚かされたことがある。そんな彼女が今夢中になっているのは宵闇の羽の方なる人物らしく、学校に籍はあるはずなのに一度たりとして誰も登校してきているような姿を見たことがないというもはや都市伝説になっているような人に恋をしてしまったそうなので、私よりも彼女のほうがよほど危機感を持たなければならないのだ。

「お前も大変だな」
「もう、孫市ねえさまは詩織ちゃんが心配じゃないんですか」
「詩織はなにも考えていないようでちゃんと考えているからな。心配はしない。だが、本当に困ったときや辛いことがあったときはちゃんと言ってくれ。私たちが必ず力になろう」

なんだか想像していたよりも大げさなことになってしまったなと思いながら、私はそれでも素直にお礼を言った。
始業を告げるチャイムがスピーカーから流れはじめた。
*
放課後、私はスーパーで買い物があるから帰るねと言って孫市と鶴姫ちゃんに別れを告げた。
学校と自宅のちょうど中間地点にあたる場所によく行くスーパーはあった。父子家庭のため、主に私が家事の役割の多くを担っていたのだ。
今日の晩御飯はなににしようかと考え、一番得意なオムライスにしようと考えた。卵、鶏肉、人参、玉葱を次々とカートへ入れていく。ついでに両親が旅行に行っている間の分の食料も買いこんでしまおうと、献立を考えては材料をカートに放りこんでいたら、スーパーを出るときにはこれでもかというくらい膨らんだレジ袋で両手が塞がるはめになってしまった。
家に帰ったときには五時をまわっていた。玄関の扉を開けてただいまと部屋の奥にむけて声を放っても、水を打ったように静まりかえった空間が広がっているだけだった。おとといまでとなんら変わっていない。それでも玄関にまだ見慣れない革靴があるのを見ると、確実に私の日常は変わっていっているのだということを強く心に感じざるをえなかった。
私はリビングへ歩いていってダイニングテーブルにレジ袋を置いた。とりあえず靴があったということは三成さんは学校から帰ってきているはずだ。夕ご飯の準備をしなければ。
人参と玉葱と鶏肉をそれぞれ粗く刻んで熱したフライパンで炒める。しばらく炒めたらケッチャップのあとにご飯という順番で入れていく。このようにケッチャップの水分を先に飛ばしてやると、べたべたとした食感にならないのだ。ふわふわに焼いた卵を、前もって盛りつけておいたチキンライスの上にかけて完成である。それからコンソメスープとサラダも作って今日の夜ご飯のメニューはすべてそろった。
三成さんの部屋は二階の角部屋だ。納戸を挟んで私の部屋の右側にあたっている。本当は二人目の子どもができたときのために用意していたらしいのだがそれは叶わず、そこは長いもの間空き部屋になっていた。

「三成さん、失礼します」

二回ノック音を響かせて声をかけながら扉を開ける。

「どうした」
「夜ご飯ができたんですけど、その、一緒に食べませんか」

三成さんは小ぶりのローテーブルの上にパソコンを置いて、なにやらキーボードをカタカタと素早く打っていた。
こちらをふりむいた彼の顔は冷ややかものだったので、私はてっきり断られると思っていたのだが

「ああ、食べよう」

と言うと彼は立ち上がり、私の横をすりぬけて部屋を出ていった。じきに階段を降りる音が聞こえてきた。
食事中は自然と静かになってしまうものである。これが父だったり友人だったりすれば平気なのだが、ある意味異常とも言えるこの状況ではこの沈黙が私には耐えがたかったので、気になっていたことを聞いてしまうことにした。

「あの」
「なんだ」
「私のことが嫌いならはっきりそう言ってください」

自分で思っていたよりもはっきりとした声が出た。
彼はとたんに妙な顔をした。それはなんだか形容しがたい表情で、せまくて白い額には無数の細かいシワが浮かび上がり、怒っているようにも見えたし悲しんでいるようにも見えた。

「いつ私がお前のことを嫌っているなどと言った」
「え?」
「むしろお前のほうが私を嫌っているんじゃないのか」
「なんでそんなこと思うんですか」
「急に兄ができると聞かされて、私を嫌がるのは当然のことだ。女は扱いが難しい生き物だと母上から聞いた」
「……驚きはしましたけど、私にはあなたを疎ましく思う気持ちはありませんよ」
「そうか」
「そうですよ」

なるほど、と思った。きっと彼は私との距離をはかりかねていたのだ。いや、私たちが互いに距離をはかりかねていたのかもしれない。
ほんの少しだけだけど、彼と近づけたような気がする。家族が増えるのって、なんか、いいな。

「あの、三成さん」
「次はどうした」
「これからはお兄ちゃんって呼ばせてもらってもいいですか」
「……お前の好きにすればいい」

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