小説よりも
詩織のお兄さんってことになるのかな。
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず男性の顔を凝視してしまった。お兄ちゃん? 彼が? 私の?
「ちょ、ちょっと待ってよ。新しいお母さんができるとは聞いたけど、お兄ちゃんもできるなんて聞いてないよ」
「言わなかったからな」
「お父さん!」
父の所業に、怒りを通り越してもはや呆れるしかなかった。まったくなんて日だ。高校生にもなって兄ができるとは。
事実は小説よりも奇なり。その言葉の本当の恐ろしさを私は十七年間生きてきた中で今日初めて知った気がした。
「先ほど紹介のあった三成だ。これから世話になる」
「は、はあ……」
相変わらずの仏頂面で、話しかたもどことなく威圧感というか偉そうな感じに、私は微妙な相槌をうつこととなった。こんな人とこれから一緒に暮らしていけるのだろうか。新しく芽吹いた不安にこっそりとため息をついた。
*
「昨日はどうでしたか?」
学校に着いて自分の席に座るやいなや、鶴姫ちゃんが興味津々といった様子で聞いてきたので
「優しそうな人だったよ。うまくやっていけるち思う。ただ……」
「ただ」
「お兄ちゃんがね、できた」
私がありのまま答えると、彼女は元から大きい目をさらに見開いて意味がわからないというような顔をみせた。かわいい女の子はどんな表情をしていてもかわいいことに変わりはないのだなと、頭の片隅でそんな当たり前のことを思った。
「実は再婚相手にも子どもがいた」
「孫市ねえさま!」
「ああ、孫市。おはよう」
孫市が柑子色の髪をなびかせてやってきた。どうやら彼女の言葉で合点がいったらしく鶴姫ちゃんは
「でもそれって、昨日まで赤の他人だった男の方と暮らすってことですよね。危ないですよ」
「その兄はどういう奴なんだ」
二人からそう言われて、私は義兄の――三成さんの姿を脳裏に思い浮かべた。イケメンと呼ぶよりは美人と表現するほうが近く、細いながらもほどよく筋肉のついた体格を持っていた。有名大学の医学部に籍を置いているそうで頭もいい。しかし少々おっかない雰囲気のある人だった。
「K大の医学生なんだけど、ちょっと小難しそうな感じはしたかな。容姿はいい部類に入るんじゃないかな。名前は三成さんね」
私はそれからふと思い出して
「そういえばお父さんと新しいお母さんが新婚旅行に行ってくるからって急に昨日言いだしてね。だから四日間くらい二人だけで過ごさなきゃいけないんだ」
「そんなのもっと危ないですよ! しばらく私のおうちで一緒にお泊りしましょう!!」
慌てた声が鶴姫ちゃんの口から放たれた。ごく当然の反応だと思う。驚かずにはいられないはずである。現に私も、そうだった。
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