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マリッジブルー予備軍


「皆さん本当にありがとうございました。おかげで予定より早く終えられましたよ」

目の前には熱々に温めたホットプレートがある。キャベツがこんもりと入った薄黄色い液体で満ちたボウル。私は油を引いた上に豚肉の薄切りや、イカなどを乗せていく。お好み焼き、である。大勢で食事を取るなら、こういう一気にいっぱい作れて食べられる物がいい。それにありあわせの材料で簡単にできるし。

「石田の部屋のモンが思ったより少なかったからな。あいかわらずお前物持たねえのな」
「めちゃくちゃ疲れました……明日筋肉痛で動けない……」
「そういえば左近。お前、明日実習で病院行くとか言ってなかったか?」
「あっ……」

わいわい。がやがや。我が家の食卓は割に静かなので、こんなに賑やかなのは新鮮だった。お兄ちゃんは静かに黙ってお茶をコップに注いでくれている。
私はお好み焼きが次第に狐色になっていくのを見守りながら考えた。
三成が詩織のことを好きな理由がわかった気がするよ。
家康さんのそのセリフ。あのあと結局、部屋と階段の往復を続ける中で何度も家康さんと顔をあわせたが、それについて深く聞くことはできなかった。いや、できなかったのではない。私がわざと避けていたのだ。
私だってお兄ちゃんが好きだ。最初こそ距離の取り方がわからなくて悩んでいたこともあったけれど、今はまるで本当の兄妹として育ってきたみたいに仲は良好だ。
だけどその好きって、どういう「好き」なんだろう。家族――お兄ちゃんとして? それとも男の人として? 異性として意識しているというのか?
そしてお兄ちゃんは? っていうか周りの人になんてこと言ってるの。

「詩織」
「へ」
「お好み焼き。ひっくり返さないのか」
「あ、ああそうだね。焦げちゃうよね。ごめんごめん」

お兄ちゃんは首を一度不思議そうに傾けると、しかしすぐにまいいかというような様子に戻って私の隣の椅子に座った。
上からオタフクソースをかけてやる。ホットプレートがジュワッといい音を立てた。いつもはそれでむくむく湧き上がってくるはずの食欲が、今日は不思議とそのなりを潜めていた。
*
「明日からお兄ちゃんと二人暮らしをする。その興奮からか、ずっと住んでいた家を出て行く寂しさからか、私は遠足を前日に控えた子どものように眠れずにいた。
時刻は夜の十二時をまわっている。お水を飲もうと一階に降りていくと

「お父さん」
「詩織か」

父がキッチンの窓辺にいた。その手元にはタバコが握られていて、先端から灰色の煙が立ち上っていた。珍しい。滅多に吸わないのに。
なんだか妙な夜だなあと思いながら、

「実は眠れなくて。目がさえちゃったの。お父さんも?」
「ああ。布団には入ったんだが寝つけなくてな」

そう言って苦笑いをした父は携帯灰皿にタバコを押しつけた。まだ三分の一程度しか座れていなかった。
そういえば、と思う。こうして父と二人きりで話をするのは久しぶりだ。お兄ちゃんと瑤子さんと暮らし初めて以来、なかなか機会がなかった。

「明日から家を出て行くんだな」

ポツリと呟かれたその一言に、

「それだとまるで、結婚前の娘を見送る父親みたいだね」
「いや、本当にそんな気分だよ」
「大げさだなあ。たった二駅離れた場所だよ。すぐに戻ってこれるよ」

ケラケラと笑う私とは対照的に、父はひどく真面目な顔つきで窓の外の月を眺めていた。針のような細い月だった。
父はその表情のままこちらをむいて、

「詩織」
「うん」
「三成くんをしっかり支えるんだぞ」
「もちろん」

力強く頷くと、父はようやく唇を緩めて笑顔を見せてくれた。
明日からお兄ちゃんとの二人暮らしが始まるんだ。その思いを私は再び強く胸に抱いた。

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