Girls,be ambitious! | ナノ
赤ずきんちゃんは誰?


「私がお兄ちゃんと一緒に住むよ」

みんなの視線が一気に私へと注がれたのを感じた。
元々静まりかえっていたリビングが、さらに水を打ったようになった。
あれ。なんでだろ。やっぱりまずかったかな。いきなり学生同士で二人暮らしなんて。それに数ヶ月前まで赤の他人だった男の人と。
みんなの顔色をうかがう。怒っているような様子はなかったので少しほっとしたが、一様におし黙っているのだけが気になった。

「っ」

お兄ちゃんとバッチリ視線があってしまった。翡翠色の瞳。そこからなにを考えているかは読み取れない。
そこで私は初めて恐怖を覚えた。どうしよう。瞬時に言ってしまったことだったが、もし、気持ち悪いと思われていたら。ブラコン、とか。お兄ちゃんにそんな感情を抱かれるぐらいだったら、今すぐ深い穴を掘ってそこに埋まってしまいたい。
私が一度自分を落ちつけようと、紅茶の入ったマグカップに口をつけたとき、

「詩織、お前、それ本気で言ってるのか」

そうお父さんが言った。少し硬い声音だった。
私はゆっくりと、

「本気だよ。だってほかにどうしようもないでしょ。お父さんも瑞子さんも仕事があって、みんなで一緒に引っ越すなんてできないんだから。それに、瑞子さんがお兄ちゃんについていったら、二人が結婚した意味ないじゃない。だったら私がお兄ちゃんと暮らすのが一番賢い選択だと思うの」
「でも、学校はどうするんだ」
「お兄ちゃんの新しい学校って、○○駅が一番最寄なんだよね。ちょっと遠くなっちゃうけど、三十分早く起きれば間にあうから大丈夫」

ふたたびあたりが沈黙に包まれる。
お願い。お兄ちゃんと離れたくないのだ。こうして出会えたんだから。兄妹になれたのだから。もっといろんなことを話して、共有して、お兄ちゃんを知っていきたい。

「詩織がそう言ってくれるのは私にとって、願ってもいないことです。母上、父上、どうかお許しいただけないでしょうか。生活費に関して今まで以上の負担はおかけしません」
「お兄ちゃん……」

先ほどの恐怖心が薄れていく。
願ってもいないこと。それは、私にとっても「願ってもいない」言葉だった。
お父さんと瑞子さんが互いに無言で顔を見あわせた。それから頷いて、

「わかった。二人がそう言うんだったら、やってみればいい」
「お父さんありがとう!」
「感謝いたします」
「ただし、二人ともまだ学生なんだから、普段の生活や勉強に支障が出るようであれば考え直す。いいね」

はい、という二人分の声が重なった。
*
「まあそういうわけで、二人暮らしをすることになりました」
「どういうわけなんですか! まったく説明になってないですよ!! 詩織ちゃんはもっと危機感を持つべきだと思います」

あれ。鶴姫ちゃんとこんな会話を以前もしたことがある気がする。たしか、まだお父さんと瑞子さんがいきなり新婚旅行に出かけてしまった話をしたときだったっけ。
今日は見事な秋晴れの日で、鶴姫ちゃんとかすがと孫市と私と四人、屋上でお弁当を広げていた。

「またお前は突拍子もないことを……」

紙パックの紅茶を飲みながらかすがが呆れた声を出す。
そういえば今の家を出ると、歩いて五分ほどでつくかすがの家が一気に遠くなってしまうのか。それはちょっと寂しいかも。保育園から始まって、小中高とずっと一緒だったから。

「いつごろ引っ越すんだ」
「今週末にお家を探しに行くんだけど、一ヶ月後ぐらいかなあ」
「手伝いに行こうか」
「ええ、いいよいいよ、そんな。お兄ちゃんの友だちが二人来てくれるらしいし」

相変わらず孫市は男前だなあ。

「もう! お二人とも、そんな呑気でいていいんですか!!」
「別に私は呑気じゃないぞ」

鶴姫ちゃんの、声高に叫ぶ声があたりに響きわたった。それで何事かと、屋上にいた数人の生徒たちがこちらを見てきたため、

「鶴姫ちゃん、ちょっと声が」
「私は詩織ちゃんが心配なんです! いつか悪い狼さんに食べられてしまうんじゃないかって」
「悪い狼さん?」
「お兄様のことですよ。詩織ちゃんの」
「じゃあ食べられるって」
「き、キスとか、それ以上は恥ずかしくて私の口からは言えません!」
「ええ、まさかあ」

まさかあ。私は心の中で、もう一度その言葉を呟いた。

「またお前は少女漫画みたいなことを言って」
「でも……」
「姫は詩織のことがよほど心配のようだな」

キス。キスねえ。
三人の会話を半分は聞き、半分は聞き流しながら考える。
たしかに若い男女が二人きり、一つ屋根の下で暮らしていればなにか起きてもおかしくはないような気もするけども。
しかし、あの堅物を具現化したようなお兄ちゃんが相手では、ない、絶対にない。以前部屋を掃除したとき、エロ本の一冊すら見つけられなかったのだから。
それに、別に嫌じゃないし。
って私はいったいなにを。相手はお兄ちゃんだぞ。家族だぞ。
ふと浮かんできた馬鹿みたいな考えをふりはらうように首を横にふって、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。

- 15 -


[*前] | [次#]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -