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「お兄ちゃんこの旅館すごいよ! 露天風呂が三種類もあった!!」

赤い暖簾をかきわけて廊下に出ると、すぐ目の前にあった休憩スペースでお水を飲んでいたお兄ちゃんに私は嬉々として声をかけた。
彼はちらりとこちらを見ながら

「そうか。よかったな」
「いやあ、もう、ここ最高だね。普通中と外あわせて三つぐらいしか湯船の種類ないよ」
「……温泉が好きなのか」
「たまに大きなお風呂に入ると気分がすっきりするからいいよね」

私もウォーターサーバーからコップに水をくんで飲んだ。冷たい。火照った体が徐々に冷やされていく。

「ああ、すっかりお腹減っちゃった」
「夕食までには、あと一時間くらいあるだろう。それまで部屋でゆっくりしていればいい」
「うん。そうだ、帰りにお土産屋さんちょっと寄ってってもいい?」
「構わん」

紙コップをゴミ箱に捨てて休憩スペースを出ながら、この旅館にしてよかったと思った。温泉の数は多いし、初め入ったときにちらりと見たお土産屋さんの造りはしっかりしていたし、館内になんと池が流れているのだ。まあ予約をしてくれたのはお兄ちゃんだったのだが。

「福井で有名なお土産ってなんだっけ」
「羽二重餅じゃないか」
「羽二重ってあの薄くて細長いお菓子だよね。柔らかくて結構好きなんだよ。うちに買ってこうか」
「土産は荷物になるから明日だぞ」
「あ、それもそうだね」

でかでかとした文字で表面に羽二重餅と書かれている箱を棚に戻す。
ふと、初めてお兄ちゃんと出会ったときは二人で旅行に行くぐらい仲がよくなるだなんて考えもしてなかったなと思った。いやむしろ、そんな考えじたいなかったと言ったほうが正しいのかもしれない。
私はなんだか急に嬉しくなってきて

「お兄ちゃん」
「どうした」
「ありがとう。旅行つきあってくれて。すごく楽しいよ」
「……誘ったのは私だ。しかし詩織が喜んでくれているなら、よかった」

翡翠色の瞳と唇がふと緩む。こんなお兄ちゃんの顔初めて見た。島さんが見たら驚きのあまり卒倒するんじゃないかというぐらいの、それは優しいものであった。そうか、この人はこういう表情もできるんだな。

「そろそろ部屋に戻るぞ。湯冷めしてしまう」
「うん」

もっといっぱい見てみたいと思った。私の知らないお兄ちゃんを。お兄ちゃん自身も知らないお兄ちゃんを。
*
「温泉もよかったけど食事もおいしかったねえ」
「……蕎麦がうまかったな」
「お兄ちゃん蕎麦好きなの」
「麺類の中では、まあ、そうだろう」
「じゃあ明日蕎麦打ち体験するから、 楽しみだね」

お蕎麦、お鍋、天ぷら、お寿司、ステーキ、とにかく豪華でおいしいものたちがいっぱいだった。しかもステーキなんか目の前で料理人さんが焼いてくれるのだ。バイキングって自分の好きな物を好きなだけ食べられるからいいなあ。

「今日はあとは寝るだけだな」
「うん。あ、トランプ持ってきたからやる?」
「二人だけでトランプか……」

隣を歩いているお兄ちゃんが腕組みをしながら斜め上を見上げる。なにかを考えているらしい。しかしおそらく彼の言葉から察するに、二人でトランプをしてもつまらないというか、盛り上がりに欠けるのではないかと思っているのだろう。
そうこうしているうちに部屋の前についた。

「そういえば布団ってもう敷いてあるのかな」
「夕飯の間にと言っていたから終わっているだろう」
「そっか。そうだよね」

鞄の中から鍵を取り出し、穴にさしこんで回す。扉を開けると短い廊下があって、その先にはしっかりと閉ざされた木製の引き戸が見えた。

「っ」
「どうかしたか」
「いや、なんでもない」

スリッパを脱いで廊下に上がり、引き戸の取っ手を掴んでガラリと開けると、布団が二つ綺麗に隙間なく並べられている光景が目にとびこんできた。
私は動揺しはじめた。
だって、なんか、恋人同士みたいじゃないか。みたい、というかおそらく仲居さんたちは勘違いしている。私たちが兄妹ではなく、カップルで来ていると思っているのだろう。当然血が繋がっていないので似ていないのは当たり前だし、なにも話していないので無理はないけれど。
だが、それでも、布団をこんなにまでぴっちりと並べる必要もなかったのではないだろうか。
お兄ちゃんが隣をすり抜けて部屋の中に入っていく。我にかえった私は慌てて彼のあとを追いかけた。
どうしよう。私、今日眠れるかな。

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