Girls,be ambitious! | ナノ
旅の恥


「なんか、こう、なんにもないねえ」
「遺跡だからな」

私はぐるぐるとあたりを見まわしながら、隣を歩いていたお兄ちゃんに言った。
そこには本当になにもなかった。ただ、一面緑色の世界ばかりが広がっていた。草と木と小高い山。時々案内の札や井戸の跡も見かけるが、別にだからどうしたってわけでもない。

「ええと、たしか朝倉氏って人のお城の跡なんだっけ」
「ああ。浅井長政とお市の方は知っているか」
「お市は織田信長の妹でしょう。その結婚相手が浅井長政?」
「そうだ。では、織田がその浅井を滅亡に追いこんだことは」
「授業で習った気がするけど……でもそれが朝倉って人となにか関係してるの」
「当時浅井と朝倉は連合軍を組んで織田に対抗していたんだ。だが織田が勝ったことにより、朝倉も勢力を失ってしまった」

お兄ちゃんはまるで覚えたセリフを舞台で滔々と話す役者のように、淀みなく説明をしていった。

「歴史詳しいんだね。理系なのに」
「理系は関係ないと思うが」
「ええ、そうかな」

八月の第二週目。お兄ちゃんの大学の夏休みが始まるのを待って、私たちは福井へ旅行に来ていた。
今いるのは一乗谷という場所で、かつては戦国時代の武将の朝倉氏のお城と城下町があった遺跡を訪れていた。
ふとかすがの言葉が蘇る。年寄りの旅行みたいだぞ。たしかに、互いに学生らしくないチョイスかもしれないが、わたしとお兄ちゃんにはこれがあっている気がした。
しかしずっと遺跡を歩きまわっているというのもなんだし、バスが来るまでにはまだ時間があったので

「そういえば近くに滝があるらしいよ」
「滝」
「一乗滝って言って、佐々木小次郎が燕返しを編み出した場所なんだって」
「近いのか」
「ここから自転車で二十分くらいだって。バス停を降りたときにレンタサイクルがあったの見たからそれを借りようよ」

レンタサイクルはお土産屋の店員さんに言えば貸してくれるらしい。遺跡から戻ってきた私たちは、さっそくお土産屋さんの暖簾をくぐった。

「すみません、自転車貸してください」
「お二人でよろしいですか?」
「はい」
「じゃあここに代表のお名前と連絡先、それから預かり金を一人千円お願いします」

初老を迎えたぐらいの女性店員さんが営業スマイルを浮かべながら、ピンク色のCampusノートを出してきて開いた。そこにはたくさんの名前と連絡先が書きこまれていた。
私がお金を用意している間に、ボールペンを受け取ったお兄ちゃんはノートの上に文字を走らせる。何気なく見ると、「石田三成」と書かれていて、ほんの数ヶ月前まで兄妹になるなんて思ってもみなかった赤の他人が自分と同じ姓を名乗っていることがひどく不思議で嬉しかった。

「それじゃあ外で使い方を説明しますね。電動自転車が残っているのでそちらにしておきましょう」

軽く説明を受けたあとに鍵をもらって、私たちは道路にむかった。少し前を行くお兄ちゃんのうしろ姿と、押されてカタカタ車輪を鳴らしている自転車を見ていたらあることに気づいた。

「お兄ちゃんすっごい自転車にあわないね」
「そうなのか」
「うん。ものすごくにあってない」
「初めて言われたぞ。そんなこと」
「だってお兄ちゃんが自転車を漕ぐ姿自体想像できないもん」

左右を見て車が来ないことをたしかめてから反対側の車道に渡って、サドルを跨ぎペダルに足をかけた。

「準備はいいか」
「大丈夫」

お兄ちゃんが進み始めたのを見て、私もそれに続いた。ふわり、と髪が風で舞い上がる。

「おお……!」
「どうした」
「私電動自転車って初めて乗るけど、少しペダルを漕いだだけでこんなに前に進むんだね。すごく楽。もう普通の自電車乗れないかも」

坂道が多いとパンフレットに書いてあったから心配だったけれど、これならなんとかなりそうだ。万歳、電動自転車! ビバ、電動自転車!
お兄ちゃんが時々うしろをふりかえってちゃんとついてきているかどうか確認してくれることが無性に嬉しかった。だけどやっぱり自転車はひどくにあっていないなあと思った。

- 10 -


[*前] | [次#]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -