Girls,be ambitious! | ナノ
物欲滅却センサー


「おめでとうございまーす! 大当たりでーす!!」
「え」

法被姿のおじさんは大きな声でそう告げてから、ガランガランとハンドベルを鳴らした。なにごとかと周囲の人たちが遠巻きにこちらの様子をうかがう気配が伝わってきて少し恥ずかしかった。
私は驚きのあまり目を大きく見開かせながら、隣に立っていたお兄ちゃんのほうに視線をむけて

「お兄ちゃん、すごいね」
「フン」

瑞子さんから醤油を買ってくるように頼まれた私たちはスーパーを訪れていた。本当は一人でもよかったのだけれど、私が出かけようと玄関でサンダルに足をつっこんでいたときに自分もついていくと声をかけられたのだ。
それで一緒にスーパーにむかったらたまたま店内で福引きがやっていて、商品を買ったときのレシートで参加できると聞いたのでやってみた。そしたらなんとお兄ちゃんが当たりを引き当ててしまったのである。
すごい。福引きとかくじ引きとか本当に当たるもんなんだ。初めて見た。
そうやって私が密かに感心している間も、お兄ちゃんはなんでもないような顔で黙って抽選器から出てきた赤色の玉を眺めているのだった。
*
「それでなにが当たったんだ?」
「旅行券。ペアだったから、お父さんと瑞子さんにあげるよ。ね、お兄ちゃん」
「ああ」

お兄ちゃんはそう頷きながらほぐした鯵の身を口に運んだ。
お味噌汁。鯵の開き。きんぴらごぼう。ツヤツヤと輝いている白いご飯。典型的な和食メニューが目の前の食卓には並んでいる。しかもすべてものすごく美味しい。
瑞子さんは和食を作るのが上手なのだった。私はどちらかと言えば洋食のほうが得意なので、いつか教わりたいなあと思っている。

「せっかくだし詩織ちゃんと三成で行ってきたら?」
「え」
「ああ、いいんじゃないか。兄妹水入らずって感じで。それにもうすぐ二人とも夏休みだろう」

それは突然の提案だった。旅行。お兄ちゃんと二人で。兄妹水入らず。
驚いたけれど嫌ではなかった。むしろ行きたいと思った。だからすぐに返事をしようとしたのだけれど、ふと気にかかったことがあったので慌てて口をつぐんでお兄ちゃんの横顔を盗み見た。
お兄ちゃんがどんな反応をしているのか気がかりだった。あからさまに面倒くさそうな様子でいたらどうしよう……ちょっと傷ついてしまいそうだ。
しかしそんな私の不安も杞憂に終わった。やはりなんでもなさそうな顔で、声だけはどこか穏やかに

「ではお言葉に甘えさせていただきたいと思います。詩織もそれで問題ないな?」
「え、ああ、うん。私も、旅行、行きたい」
*
「それでお兄ちゃんと二人で旅行に行くことになったんだけどね」
「おい、話が唐突すぎてなにがなにやらわからんぞ」

紙パックの紅茶を飲んでいた手を止めると、かすがはちょっと待てというようなポーズをした。
私は少し首をかしげた。彼女はなにがわからないというのだろう。私は事の経緯をちゃんと最初から話したはずだ。

「いやだから、福引きでペアの旅行券をもらったからお兄ちゃんと旅行に行くことになったんだって」
「そうじゃない」
「へ」
「お前は赤の他人と二人きりで旅行だなんて本当に平気なのか。いいのか」
「赤の他人って、別にお兄ちゃんだし」
「だが血は繋がっていないだろう」
「かすがは一体なにを心配してるの」

彼女のほうが上背があるので、自然と下からその顔を見上げる形になる。
美人だなあと思う。まつげ長いし。目もぱっちりしている。まっすぐ通った鼻筋と形のよい唇。肌は陶磁器みたいに白くて綺麗だ。
ふと思えば私のまわりには異常に容姿の整っている人たちが多い気がする。鶴姫ちゃんや孫市、お兄ちゃんやこの間会った竹中さんや島さんもそうだ。
私がそんなことを考えていると、かすがはまるで頭が痛いとでもいうように額に手を当てて、大きなため息をつきながら

「……ああ、もう、いい。詩織は危うく見えても、いつもちゃんと考えた上で行動しているから大丈夫だろう。私は今後口を挟まん」

以前、孫市にも似たようなセリフを言われたことがあったと思い出した。どうしてだろう。私についての認識ってみんな同じなのか?
なんだか微妙に腹が立つ、というか気に入らないなと、かすがにはわからないであろうくらいに小さく唇を尖らせていると

「それでどこに行くんだ」
「まだちゃんと決めてないけど温泉がいいかなあって」
「ずいぶんと渋いな。年寄りの旅行みたいだぞ。お互いに学生なんだから某ネズミのテーマパークとか、某魔法学校のあるテーマパークとかに行けばいいじゃないか」
「私もお兄ちゃんも人がいっぱいいるとこは苦手だから。それなら温泉でのんびりってのもいいかなって」

ここから遠すぎずけれども近すぎない有名な温泉って言ったらどこだろう。夏休みに行くのだからなるべく涼しい場所という条件も考えなければならない。

「詩織ちゃん破廉恥です! 破廉恥すぎます!!」
「わっ、びっくりした。鶴姫ちゃんか。もう帰ったんだと思ってた」
「帰ろうとしていたまさにそのとき、背後の宵闇の羽の方の気配を感じて……それを追って校内を歩いていたら偶然お二人の会話が聞こえたんです」
「ああ、例の都市伝説の……」

鶴姫ちゃんは、まるで子どもを叱っている母親のような感じで腰に両手を当てて私たちの目の前に立っていた。本人は多分睨んでいるつもりなのだろうが、いかんせん鶴姫ちゃんは元々の素材がよくてかわいいのであまり意味をなしていないように思われた。
やはりかわいい女の子はどんな顔をしていてもそのかわいさに変わりはないのだと考えていたら、ずっと黙っていたかすがが

「真田ではないが、まあたしかに破廉恥かもしれんな」
「でしょう!」
「だが詩織なら心配ないだろう。お前も私たちの話を聞いていたならそれは理解しているはずだ」
「それでも詩織ちゃんのお兄様がどう思っているかなんてわからないじゃないですか。男性がその気になれば女性の体なんて一捻りですよ」
「お前は少し少女漫画の読みすぎだ」
「なっ、かすががさんだってこの間女子生徒と男性教師の恋愛漫画買ってたじゃないですか!」
「なぜそれを知っている!?」
「巫女の私にわからないことなんてありませんから」

なんだかすっかり蚊帳の外になってしまった。二人がなにについて話しているのかまったくわからない。
私は机に頬杖をついて窓の外を眺めつつ、みんな甘いものが好きだからお土産は温泉まんじゅうがいいかなあなどと考えていた。

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