遅れてきた夏休み企画〜24時間戦えますか〜 | ナノ

遅れてきた夏休み企画〜24時間戦えますか〜
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 【海】

せっかくの夏休みだというのに、臨海学校という名の学校行事に駆り出された私たちは福井県に訪れていた。というか高校生にもなって臨海学校というのもどうなんだろう。
他の友人たちからは寝息が聞こえてくるのに、私はというと日焼けのために皮膚がヒリヒリしてうまく寝つくことができない。日焼け止めを持ってこなかったことをものすごく後悔していた。
携帯の電気をつけると薄暗い部屋にほのかな光が浮かびあがる。あまり期待はしていなかったけれどLINEでメッセージを送ると数秒で返事がきた。
返事がきたのをいいことに、眠れないから二人でちょっとどこかに抜け出そうという旨の文面を返す。抜け出すってどこからどうやって行くつもりだと彼が言ったので、非常口からなら先生には見つからないよと送ってから私は布団から出た。少し肌寒かったのでパーカーを羽織って行くことにした。
非常階段を一番下まで降りてしばらく外で待っていると、非常口の扉を押しあけて三成くんが現れた。

「待ってたよ三成くん」
「こんな夜中に呼び出してどういうつもりだ」
「日焼けが痛くてどうしても眠れなかったからちょっと外の空気を吸いに行こうと思って。三成くんだって眠れないんでしょ? 少し気分転換した方がいいよ」
「お前のくだらない理由と一緒にするな。私は布団が変わると落ちついて眠れない性分なのだ」

それってもしかして枕も変わると駄目なタイプ? と聞くと枕は自宅から持ってきたという答えが返ってきた。執念だな。

「まあ無断で部屋を抜けて来ちゃった以上私たちは共犯者だからさ。とりあえずちょっと散歩でもしようよ」

散歩、と言っても海辺くらいしか歩くことのできる場所はない。夜の海は昼の海とはまったく異なる様相を呈していて、黒々と水面が波打っていた。

「私は夜の海に死の気配を感じる」
「死の気配?」
「ああ。一切の生命が生きることを隔絶された場所、それが夜の海だ」

三成くんの言うことは難しかったけれど、それでもなんとなく彼の言いたいことはわかったような気がした。
すべてが嘘のようなのだ。昼にはあったはずのもの、じりじりと照りつける太陽の光も、体にまとわりつく暑さも、皆のはしゃぐ声も、今はなにもかもがない。
三成くんはそういうことを指していたのだろうか。

「そろそろ帰ろうか。明日も早いし」
「そうだな」

踵を返す私たちの横を、潮の香りを含んだ海風が通り過ぎていった。
2014/8/31 21:59

 【リクエスト:夏祭りに行く話し】

浴衣には不思議な魔法がかかっているんだよ、と私は幼いころ祖母に教わった。どんな女の子でもかわいく見せてくれる魔法だと。
隣町の大きなショッピングモールで何時間も迷った挙句購入したのはピンクの地に藤の花の柄があしらわれている浴衣だった。

「うん。かわいいわね。バッチリよ」
「本当に? どこか変なとことかない?」
「大丈夫だって言ってるでしょ」

着つけから髪形のセットまですべてをしてくれた母が言うのだから間違いないのだろうけれど、どうしても不安をぬぐうことができない。姿見の前で無駄にクルクルと回転をしてしまう。

「ほら、そろそろ出る時間なんじゃないの。遅刻したら本も子もないでしょう」
「……そうだね、わかった。いってきます」
「気をつけて行くのよ」

どうして私がここまで頭を悩ませているのかというと、毎年近所で行われている夏祭りにずっと憧れていた石田先輩と行くことになってしまったからである。
待ち合わせ場所に行くともう先輩は来ていて、私は小走りをして彼のもとへと急いだ。

「こんばんは先輩。お待たせしちゃいましたかね」
「ああ、いや、私もちょうど今来たところだ。気にしなくていい。野田は今日は浴衣なんだな」
「先輩は浴衣着ないんですか?」
「ずっと前に買ってもらった物があったんだが、もうサイズが合わなかった。ずっと思っていたが野田はそのような柔らかい色が似合うな。とてもいいと思う」
「あ、ありがとうございます……」

初っ端から、今時あまりにもベタすぎてドラマや漫画でも見かけることが少なくなったそのやりとりに私の頬は緩んでしまいそうだった。しかも似合ってるって! とってもいいって! 夏祭りに行く前からすでに気持ちが満たされてしまった。
夏祭りの会場である神社へ向かっている途中、親子連れや友人同士で来ている人たちと何人もすれちがった。その中にはもちろんカップルもたくさんいて、仲よく手を繋いでいる姿を見かけてはいいなあと思ってしまう自分がいた。
とりあえずお参りをすませてから屋台をまわることにした。

「今年もいっぱいいろんなお店が並んでますね」
「人が多すぎてなにがなにやらまったくわからんな」

たくさんの提灯に照らされた境内では神社のいつもの厳かな雰囲気が嘘のように、人の波と人の声でごったがえしている。どこかからかソースの焼けるいい香りも漂ってきた。

「先輩はなにか食べます――ってあれ、先輩?」
 
ちょっとまわりに気をとられていた間に、隣にいたはずの先輩の姿が見当たらなくなっていた。どうやらはぐれてしまったようだ。
先輩はとても背が高いので、まだ近くにいるなら見つけられるはずだと考えて周囲を見回す。

「詩織っ!」

そのとき手をうしろに引っぱられる強い力とともに大きく私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「先輩!」
「よかった。はぐれたかと思ったぞ」

肩で大きく息をついている先輩。それに私も影響を受けるようにして次第に自分の脈拍が速くなっていくのを感じた。
そういえばさっき先輩は私のことを下の名前で呼んでくれなかったか詩織、と。あとそれから

「先輩。あの、この手は……」
「もうお前を見失ったら困るからな。今日はこのままだ、いいな」
「は、はい」

初めて触れた先輩の手はさらっとしていて、外界の温度に反して冷たく心地よかった。
今日はこのまま、という先輩の言葉を口の中で小さく復唱してみる。今日は、今日だけはこのまま。だけれどいつかきっと、この手を自然に取れるようになる日が来るといいなと私は思ってしまうのだ。
2014/8/31 20:34

 【麦茶sex】

クーラーが壊れたのは先週のことで、まだ修理の電話すらかけていない。

「あっつい……」
「おい、よそ見をするな。私を見るんだ」

よそ見をするなと言われても無理です。何度同じことをされていても慣れないことはたくさんあるわけで、たとえば三成さんに馬乗りされているこの状況とか。初めて経験したときは恥かしさで死にたくなったことを今でも覚えている。
胸のあたりをまさぐる三成さんの手を嫌でも意識してしまいながら、彼の顔の造作を見る。綺麗にそろった長いまつ毛。すっと通った鼻筋に薄い唇。ああ、やっぱり今日も私の理想のど真中をついてきていろいろ辛い。これからいやらしいことを始めるっていうのに、相変わらず涼しい顔をしているというのもたまらなくいい。
彼が私に触れるたびに体中から恥かしさと興奮でじわじわと汗が出てくる。すでに首のあたりがベトつき始めていた。
ふわっと三成さんの影が私の上に降ってきて唇を落とされる。最初は角度を変えて触れるだけだったのが徐々についばむものへと変わってきた。まるで唇ごと食べられそうな錯覚さえ覚えるほどに激しい。

「んん……」
「口を、閉じるな。開けていろっ……」
「あっ……」

ぬるりと三成さんの舌が私の口内に押し入ってきた。どちらのものかわからない涎が唇の端を伝って喉元へと流れていく。

「詩織っ……」

三成さんが熱い息を吐きながら私の名前を呼ぶ。制服をまくって侵入してきた彼の手が汗ばんでいることに気づいて三成さんが私を強く求めていることを知った。
窓の外からものすごい蝉の鳴き声が聞こえてくる。夏の音だ。それすらも私たちには興奮材料になる。

「三成さ、あっ……三成さんっ好きい」
「ああ。私も詩織を愛している」

すぐ隣のローテーブルから、私たちの熱にやられたようにして麦茶に入っていた氷がとける音がした。
2014/8/31 18:19

 【花火】

「これなーんだ?」
「バケツか」
「バケツじゃなくてメインはその中身だよ! 近所の商店街の福引で花火が当たったの。今からやろうよ」
「それはいいが、親御さんはなにも言わないのか。こんな時間に」
「三成の家に行くって言ったら機嫌よく送り出してくれたよ。さすが信頼されてる幼馴染だね」

ほら、行こうよと言って三成の手を取る。彼は家の奥に向かって少しでかける旨を伝えてからサンダルに足を突っこんだ。
田舎であるので、基本的に危なくなければどこで花火をやっても問題はない。とりあえず近い場所でしようということになって近所の公園へ行くことにした。

「花火なんて久しぶりー」
「はしゃぐな。童のようだぞ」
「高校生なんてまだ子供だよ」
「私は小学生のようだと言っているんだ」

失礼なやつだな、と思ったけれど三成の嫌味はいつものことなので深く考えずに私は水飲み場からバケツに水を汲んでくる。戻ってくると三成がロウソクに火をつけて待っていてくれた。なんだよそっちこそやる気満々じゃないか。

「夜に火遊びするとおねしょしちゃうっていう迷信あったよね」
「なんだそれは」
「え、三成知らないの? ずっと前おばあちゃんにそう教えてもらったんだよ。まああれは子どもは早く寝なさいっていうことだったんだろうね」

音と光を放ちながら燃えている花火を見ながら、そういえば小さいころは毎年のように家族で花火をしていたのがいつからかしなくなっていたなと考える。なんでだろう。
花火の命は本当に一瞬だ。なんの前触れもなく、熱がさっとひくようにして消えてしまう。そして私たちはその瞬間初めて花火の命の終わりを強く意識するのだ。それはきっと花火だけじゃなくて、道端に何匹も転がっている蝉や枯れた朝顔も同じことだと思う。もしかしたら夏は一年の中で一番楽しい季節でありながらも、一番悲しくて残酷な季節でもあるのかもしれない。

「やっぱり締めは線香花火だよね」
「なにが楽しいのか私にはわからん」
「線香花火はいかに長く続けられるかに楽しみがあるんだって。どっちが長くできるか競争してみようよ」
「……くだらん」

そう言って三成が早々に火をつけ始めてしまったので慌てて私もロウソクに花火を近づけた。三成はああ言ったけれど私は勝手に勝負をさせてもらうつもりだし、密かに得意な線香花火にハンデをつけてもらうつもりはない。
しばしの沈黙が私たちを支配する。
手元はなるべく揺らさないように、呼吸はゆっくりと行うのが線香花火を長続きさせるコツである。中心の火玉がだんだん大きくなってくるともう少しで落ちてしまうという合図だ。

「あ」
「落ちたな」

音もなく落下した火玉はあっけなく地面に吸いこまれていって、あたりの暗闇と同化して見えなくなる。

「同時だったね」
「だからくだらないと言ったんだ」

終わった線香花火を水のたっぷり入ったバケツに入れるとジュワっという熱の冷める音がする。この音を聞くのも花火の楽しみの一つだったりする。

「楽しかったよ。つきあってくれてありがと」
「どうせ断っても無理やり連れていくつもりだったのだろう」
「よくわかっていらっしゃる」

でも楽しかったでしょ、と首を傾げて尋ねると今度は秀吉様と半兵衛様も誘えと言ってたくさんの花火の燃えかすが詰まったバケツを持って歩き始めた。やっぱり楽しかったんだなあと思いながら私はその後ろ姿を追いかける。
2014/8/31 17:01

 【時かけごっこ】

目の前には彼の大きな背中があって、だけど私はまだその背中に抱きつく勇気はないから遠慮気味に制服の裾を掴んでいる。

「ごめんね。送ってもらっちゃって」
「自転車が壊れていたのだからしょうがないだろう」

朝はなんともなかったのに、いざ家に帰ろうとしたら自転車のタイヤがパンクしていた。しかも今日に限って両親とも帰りが遅いと言う。
そんな困り果てていた私の前に現れたのが三成くんだった。彼は事情を聞くと黙って自分の自転車の荷台を叩いた。乗れ、ということらしい。品行方正な彼がそんなことを言い出すとは思っていなかったので驚いていると、いいから早くしろと急かされた。
三成くんの運転は私が想像していたよりも安全運転で、まわりの風景をゆっくりと眺めていられることができる。右側はずっと先まで川が続いていて夕焼けの色が溶け込んだ水面はすべてが橙に染まっていた。

「……野田」
「なに?」
「私は貴様のことが好きだ」

一瞬なにを言われたのかわからなかった。思わず彼の制服の裾から手を離しそうになってうわっと悲鳴を上げると、急いで自転車のブレーキをかけて振り返った三成くんが私の手を取って支えてくれた。

「なにをしている! 危ないだろう!」
「だ、だだだって、三成くんが変なこと言うから」
「私の告白を変なことだとお前は言うのか……?」
「違います違います! いきなりでびっくりしただけです!」

熱を孕んだ夏風が私のすぐ横を擦り抜けていく。

「それで、お前の返事はどうなんだ。ただし拒否は許可しない」

言っていることはめちゃくちゃなのに、彼のその真剣な瞳に捕らわれて動けなくなる。ひどく暑い、と思った。頬が火照っているのがわかる。

「私、は――」

また自転車に乗せてもらったら今度は堂々と彼の背中に抱きついてみよう。私のこの思いごと。
2014/8/31 14:33

 【旅行】

夏休みを利用して私と三成くんは旅行を行く計画を立てた。行き先は大阪。最近某魔法学校のテーマパークで話題になっている場所ではなくて、大阪城とその周辺をまわることにした。
大阪城はその外見も立派であれば、内部もとてもお金持ちな作りになっていた。偏見かもしれないけれど、大阪県民の派手好きの一部を垣間見たような気持ちになる。だけれど三成くんにそれを話すと、豊臣秀吉を崇拝している彼は徳川家康についての怒りを露わにしはじめたのでご飯を食べようと言って気を逸らすことにした。
やっぱり大阪に来たらお好み焼きだろうということで、お城の近くに会ったお店に訪れた。

「そういえば三成くんは大阪けっこう詳しかったよね。地元じゃないのにどうして? 滋賀県出身だったよね」
「両親がともに大阪生まれなのだ」
「へええ。でも三成くんが関西弁話してるの私聞いたことないや」
「……小学生のころ、それでいじめられたことがあった。だから自力で強制した」
「た、大変だったんだね」
「だが今でも時々ふとした瞬間に出てしまうことがある」

頼んでいたお好み焼きがやってくると三成くんは手出しをしないようにと言って、器用な手つきで生地をくるくるとかきまぜて鉄板に流しこんでいった。ひっくりかえす技もプロ並みだった。

「わーすごい! 三成くん普段はまったく料理できないのに」
「……私を馬鹿にしているのか」
「いやいやしてないしてない! 今度からお好み焼きは三成くんに任せなきゃね」
「フン。いいだろう」

ソースが鉄板の上で弾けるのと同時に私のお腹が空腹の音を鳴らした。
2014/8/31 12:54

 【朝顔】

朝顔を買ってきた。白い朝顔だ。
自慢ではないけれど、私は植物を枯らす天才である。小学生のころに、夏休みの宿題で朝顔の花の観察日記をつけるというのがあったのだが三日ほどで駄目にした記憶がある。なのにそんな私がどうして朝顔を買ってきてしまったのかと言うと、ただの気まぐれだ。

「ただいま」
「その大荷物はどうした」

右手に持っている近所のスーパーの袋は見流して、三成は朝顔の入っている大きな袋の方を見て言った。

「朝顔だよ。買ってきたの」
「お前が世話をするのか」
「……うん」
「なんだその間は」

まあまあ、一緒に暮らしてるんだから二人で面倒見ようよと言って私はベランダに行くと袋から朝顔を取り出した。

「見てたらなんだか懐かしくなっちゃって。けっこう立派でしょ」
「白か」

鉢から溢れんばかりの花が咲いている。きっとこのまま順調に育っていけば夏の終わりにはたくさんの種が取れるに違いない。

「朝顔の色っていろいろあるけどなにが関係してるのかな」
「紫陽花と変わらんだろう。土や肥料の酸度が関係しているんだ」
「ふうん。さすが理系は詳しいね」
「お前はもう少し知識を身につけるということを覚えた方がいいと思うぞ」
「三成って辛辣だよね」

どうして彼はこうも人の精神を抉るような発言をさらっとできるのだろう。いいかげん慣れてしまった私も私かもしれないけれど。
というか、と私は思うのだ。別にそんな知識がなくてもいいんじゃないかと。朝顔は綺麗だねでいいし、リンゴの値段よりもそれがおいしいかどうかが大切だし、兄弟で仲よく一緒に出かけたらいいのだ。

「ああ、そういえば朝顔の花言葉なら知ってるよ。色によって違うみたい。白はたしか、固い絆だったかな」
「固い絆」

まるで私たちみたいだね、と笑うと絆ではなく愛だとデコピンをくらう。私はヒリヒリとする額をなでながら、やっぱり毎日彼と一緒に世話をしようと考えていた。
2014/8/31 11:05

 【晩夏】

水が怖いんだ、と彼は目の前
のプールを見て言った。

「どうして」

夏の終わりのプールサイドはどこか寂しさを感じる。季節が巡って、まるで皆からその存在を忘れられていく雰囲気を色濃く漂わせている。
水に浸した足は冷たくて心地いいというよりも肌寒さの方が勝る。

「遠い昔、川で溺れたことがある」
「それは子どものころの話?」
「ああ、そうだ。あのときの私はまだひどく幼かった」

珍しく三成くんが感傷を含んだ声で言うので、隣に立っていた彼の顔を見上げると遠くを見るような瞳をさせて水面を眺めていた。

「三成くんにも怖いものがあるんだね。ちょっとびっくりした」
「当たり前だ。なにを驚く必要がある」
「それはまあ、そうなんだけどさ」

あの凶王と陰で噂されている人物に弱点があるというのだからそれは驚くしかない。私はそんなことしないけれど、おそらく伊達くんか長曾我部くんが知ったら今この瞬間彼を水の中へ突き落すに違いない。

「私はこの季節が近づいてくるたびに強く思うことがある」
「強く思うこと?」
「私が最も恐れているのは貴様を失うことだ。その感情を私はこの季節になると毎年のように思い出す」

ふっと私の上に陰が落ちてきて三成くんの長い腕に私の体がすっぽり包まれる。耳元で彼の息づかいが聞こえて少しだけ緊張した。

「よくわかんないけど、大丈夫だよ。私はたとえ三成くんがどこにいようとも必ず追いかけてあげる。ずっとそばにいるから」
「……そうしてお前はまた私を深い水底から引きあげるのだな」
「なにか言った?」
「いや、なんでもない」

鼻先に触れていた彼の制服からは藤のかすかな香りがしていた。
2014/8/31 9:56

 【帰郷】

「なんにも変わってない」

新幹線と鈍行とバスを乗り継いで久々に帰ってきた地元は、私が進学のために上京したときとなにひとつ変わっていなかった。駅前の古びた看板や、少し怪しげな雰囲気を漂わせている居酒屋さん。シルバーカーを押して夏の日射しの中を散歩するおばあちゃんも。
駅から自宅までは徒歩で30分ほどかかるのだけれど、たまにはいいかもと思い歩くことにした。
地元では東京とは違って、皆せかせかしていないので時間の流れをゆっくりと感じることができる。どれだけ自分が毎日慌ただしく生活していたのかがわかるというものだ。
そんなことを思いながら歩いていると、前方の曲がり角から制服姿の男子生徒が現れた。背が高くて、銀色の髪が夏の太陽の光を浴びて輝いている。その見覚えのある姿に私は思わず彼の名前を呼んでいた。

「三成くん!」
「先輩!?」

振り返った彼は、ありえないという表情をしていた。驚きすぎてせっかくの綺麗な顔が崩れてしまっている。

「ちょっと、幽霊に遭遇したような顔で私のこと見ないでほしいなあ」
「も、申し訳ありません。あまりにも突然のことで我が目を疑ってしまいました。本当に先輩なのですか?」
「だからそうだってば。久しぶりだね」

ご無沙汰しています、と言って丁寧に頭を下げるこの子は私の通っていた高校の生徒で名前を石田三成くんと言った。彼は当時生徒会に入っていた私にできた初めての後輩だった。

「いつ戻って来られたのですか」
「ついたばっかりなの。今から家に帰ろうと思って。一週間くらいここにいるつもりだよ」
「そうでしたか」

夏休みなのに学校があるの、と三成くんに聞くと夏季補習だという答えが返ってきた。そういえば私も去年受けていた記憶がある。受験が無事終わってしまえばそういう思い出も自然と消えてなくなってしまうのかもしれない。
「頑張ってるんだね」
「先輩と同じ大学に入りたいんです」
「三成くんならもっと上のランク狙ってもいいんじゃないかなあ」

地元では進学校と呼ばれている高校に通っていて、大学もそこそこ名の知れたところには入学したものの、三成くんと私の成績では比ぶべくもない。彼ならもっといい大学に通えるはずなのだ。

「ランクなんて関係ありません。そこに先輩がいなければ私にはなんの意味も持たないのです」
「三成くんて相変わらず恥かしいこと臆面もなく言うよね」
「そんなことはありません」

私のなにがそんなに気に入ってくれたのかはわからないけれど、三成くんは相当私に好意を抱いてくれている。それは私のもとにまっすぐ届いてくるような好意だ。私には時折彼が眩しく見える。
家まで送るという彼の申し出には遠慮して、その代わりに私がここにいる間にどこか一緒に出かけようという約束をした。受験勉強には気分転換も時には必要だ。
もしかしたらという想像をする。もしかしたら来年は2人で帰郷できるのかもしれないという想像を。それはそれで楽しいんじゃないかと、額にうっすらと浮かび始めた汗をふきながら思った。
2014/8/31 4:16

 【宿題】

「三成様三成様どうかお助けください」
「断る」
「まだなにも言ってない!」
「いったい何年お前と幼馴染をやっていると思っている! 宿題なら手伝わん」
「そこをなんとかお願いしますよ……」

8月31日。学生にとってはこの日付がどんな日を表しているのか嫌というほど理解しているであろう。
長いと思っていた夏休みは本当にあっけなく終わってしまって明日からまた学校が始まるのだ。そして今私に残っているものは夏休みの課題だけ。懲りないなあとは思っているものの、私は生まれてこの方課題を余裕を持って終わらせたことがない。だから毎年のようにしてたくさんの課題を抱えて幼馴染の三成の家に行き、彼に手伝ってもらっている。もう恒例行事と言ってもいい。
三成は最初こそは頑なな態度をとるけれど、なんだかんだで最終的にはちゃんとつきあってくれる。本当にいい幼馴染を私は持ったものだ。

「……わかった。いいから上がれ。さっさと片付けるぞ」
「さすが三成! ありがと!」

三成の部屋は二階の一番奥にある。彼は飲み物を持っていくから先に部屋に行っているようにと言ってからキッチンへと消えていった。
何回訪れたかわからない彼の部屋に入って思うことはいつも一つだ。恐ろしいくらいになにもない。
勉強机の上にパソコンと教科書があるだけで、私のようにごちゃごちゃと物が並んでいない。本棚には分厚くて小難しそうな本がいっぱい並んでいる。家族同然のように育ってきたのに、やはり血のつながりのない他人なんだなということをいつも私は強く意識をするのだ。

「それでなにが残っているんだ」
「三成には数学と物理をやってもらおうと思って。国語と英語は頑張るから。日本史は終わってる」
「また理系科目を押しつけるのか……」
「だって数学と理科マジ無理だもん」

よーし、頑張ろー! と意気込むと三成が盛大なため息を吐くのが聞こえた。

「三成は今年の夏休みどうだった?」
「なにがどうだったと言うのだ」
「誰かと遊びに行ったとかさ、そういうことだよ」
「部活と勉学で忙しかったんだ。そんな暇などない。だいたい、私が決まった予定のない日はお前と過ごしていたじゃないか」
「それもそうか」

たしかに三成の言葉どおり、学校以外のどこにも出かけようとしないような出無精の彼を花火大会や海へ引っぱりだしたのは私だった。三成はやっぱり最初は嫌な顔をするのだけれど、二言目には肯定の返事をしてくれた。
でも、と私は最近思うのだ。私はこのまま三成の優しさに甘えたままでいいのだろうかと。
その答えはきっと否、だ。いつまでも私たちはこのままでいることはできなくて、いつかかならず別の道を歩かなくてはならなくなる。それは大人になることなんだろう。子どものときは気づかなかったけれど、大人になるということはもしかしたら残酷なことなのかもしれない。

「……三成」
「なんだ」
「私ってもしかして迷惑だったりする?」
「やっと気づいたのか。いったい何年私が我慢をしてきたと思っている」
「ご、ごめんなさい。その、ちゃんとこれからはなるべく三成に甘えないように私努力してみるよ」

そう言いながら恐る恐る頭を上げると三成が強く拒絶するような表情を浮かべていたので私は驚いた。てっきり当然だと言われると思っていたのに、それは私の頼みを断るときのようなそれではなくて、本当に忌み嫌っているようなものだった。
私はそんな彼の表情を一度だけ見たことがあった。彼が親友だと思っていた子が、彼に何一つ言わず引っ越していってしまったということをあとから聞いて知ったとき、同じ顔をしていたのだ。

「なんで三成がそんな顔するの」
「詩織。私が最も憎んでいるものはなんだと思う」
「三成が憎んでるもの?」
「それは裏切りだ。詩織、お前だけは私から離れることはどんな理由があろうとも許可しない。お前は私のものだ。そして私はお前のものなんだ。わかるだろう、お前なら」

すみません、わかりません。その言葉が一瞬口から出かかったけれど慌てて喉の奥に押しこむ。
強く拒絶していた彼の表情は今や悲壮感に満ちていた。無意識に私は彼を守ろうとしていた。
窓の外から蜩の鳴き声が聞こえてくる。その終わりの見えない音に私はどこか閉じこめられる思いがしていた。
2014/8/31 2:43

 【胆試し】

突然だけれど胆試しをすることになった。場所は近所の墓場、メンバーは同じクラスの石田三成くんと長曾我部元親くん。そして隣のクラスの伊達政宗くんと前田慶次くんだ。
最近公開されたばかりのホラー映画を見に行った前田くんと長曾我部くんがそれに影響されたらしく、今晩近所の大きな墓地に胆試しをしようという話をしていたところに私がたまたま通りかかって参加する運びとなったのだった。

「あそこのお墓ってやけに多いし、しかも古いよね。いつのころからあったんだろ」
「俺が聞いた話じゃ戦国時代から墓みてえなモンがあるらしいぜ」
「What? 戦国時代って400年も前じゃねーか」

お墓に到着すると全員一緒にまわってもつまらないということになって、別れて行動することにした。奇数になってしまっているので、2人と3人のグループを作って別れることにした。ジャンケンをした結果、私は石田くんと2人で墓場を歩くことになった。

「どうして石田くんは胆試しなんて参加しようと思ったの」
「長曾我部に無理やり引きこまれただけだ」
 
家から持ってきた懐中電灯であたりを照らす。お墓なのだからまわりは当然墓石だらけで、きっとこの無機質さも怖さを感じる一因なのだろうと思う。ずっと前から替えられていないたくさんの枯れた花たちが寂しさを感じさせる。けれどお盆の時期が来たら新しい花が供えられるのだろう。
石田くんとは同じクラスでありながらもあまり話をしたことがない。今いち接点のようなものがないというのも理由にあるけれど、なによりも石田くんは人を簡単に寄せつけない雰囲気を纏っている。

「貴様こそなぜ参加しようと思った」
「私? まあなかなかできない経験かなって。普通夜のお墓なんか一人で行こうとしないじゃない」

そういえばふと、以前祖母から教えられた話を思い出した。お墓で転んではいけない、と。お盆の時期にお墓を訪れると毎回この祖母の言葉が私の頭に浮かぶのだ。片腕を置いてこなければならないとか、3年以内に死ぬとか、別なところへ持っていかれるとか、彼女はそんな恐ろしいことを言っていた。
別なところってどこなんだろう。やっぱりあの世と言われているような場所なんだろうか。それとも――

「野田。長曾我部から連絡があった。そろそろ帰るぞ、と。向こうから誘ってきたにもかかわらず、相変わらず飽きるのが早い」
「長曾我部くんらしいと思うけどね」

生ぬるい風に乗った線香の香りがわずかに鼻先をかすめた気がした。
2014/8/31 1:01
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