アネモネ | ナノ
02


二回目に目を開けたとき飛びこんで来たのは、見慣れた自室の白い天井ではなく、木の剥き出しになっているそれであった。

「私ってもしかしてなにかの病気なんじゃ……」

気づいたらまた眠っていたらしい。
起き上がると掛け布団がめくれて、どうも胸元に風が通ると思ったら着ていたはずのセーラー服ではなくて青色の浴衣になっていた。温泉旅館の押入れに入っているようなやつだ。
まだぼんやりとした視界の中でぐるりと部屋の中を見回す。
そこは典型的な和室だった。畳張りの床。違い棚や床の間もある。それぞれどちらにも花瓶が置いてあって、花が生けられていた。 障子の向こうから光が差しこんでいる。
今は何時ごろなのだろうかと光の方向を見ながら考えていると、急に足音が聞こえてきた。それはどんどん大きくなってきて、やがて障子越しに人影が映るとともに止んだ。
人影が膝を折って座る。

「お目覚めですか」
「お、お目覚めですけど」

思わず変な日本語になった。
凛とした、一語一語の発音がはっきりとしている声だ。あの、と私が言いかけるよりも先に

「お入りしてもよろしいでしょうか」
「は、はい」
「失礼いたします」

すっと障子を開けて入ってきたのは、これまた温泉旅館で見るような仲居さんであった。

「ご気分は? どこか優れないところはございませんか?」
「問題ないと思います」

仲居さんは黒くて艶のある髪を後ろで一つにまとめている。笑うとえくぼのできるかわいい人だなと思った。

「目を覚まされて間もないとは存じますが、詩織様をお部屋にお通しするよう言われております」
「そうなんですか」

私に向けられている彼女のこの丁重な言葉遣いはなんなのだろう。しかも一介の女子高生でしかない私に様扱いだ。まるで自分が特別な存在であるかのような気持ちになる。いや、実際理由こそわからないものの、そうらしいのだが。
仲居さんは着替えるように言ってから、隣室に続く襖を開けた。そこにはよく時代劇で見かけるような感じで着物がかかっていた。
着物についての知識がまったくない私でも、上等な品であることだけはわかる。唐紅の布地が目に鮮やかだ。

「詩織様、こちらへ」
「あの、でも私こんなの一人じゃ着れないです」

どれだけ教養がないと思われるかもしれないが、着物の合わせは右前か左前かこの歳になっても未だに迷うことが多々ある。そんな私に着付けなどできるはずもない。
私が訴えると仲居さんは不思議そうに首を傾げてから

「わたくしがすべていたしますので、詩織様はなにもなさる必要はございません」
「着付けしてくださる、ということですか」
「はい」

私は困った。たしかに自分はなにもしなくてもいいのだから至れり尽くせりかもしれないが、いきなり初対面の人に着付けと言っても肌を触れられたり近距離で接することは私には無理だ。
では他にどうすればいい。さっき仲居さんは「部屋にお通しするように言われている」と言った。誰のどんな部屋かはわからないのものの、豪華な着物から推測するに、偉い人に会わされるのだろうということは推測できる。本当にそうであるならば、さすがに今着ている浴衣のままでは駄目かもしれない。

「さあ詩織様お早く」

考えている間にも刻々と時間は過ぎていく。私は慌ただしく視線を着物と浴衣の交互に向けていたが、そこであることに気づいた。
セーラー服があるじゃないか、と。

「すみません、私のセーラー服はどこに……」
「はて、せーらーふく、とはなんでございましょうか?」
「え、えーっと、セーラー服っていうのは紺色で上下が分かれてて、赤いスカーフの……」
「すかあふ? 詩織様の使われるお言葉は難しゅうございますね。きっとわたくしのような下賤の輩には理解できないのでしょう。申し訳ございません」
「あ、いや、その、私が元々着ていた物を探しているのですが」
「ああ、あの見たことのない珍しいお召し物のことでございましたか」
「それです、多分。この着物ではなくてセーラー服じゃいけませんか?」

仲居さんが今度は困ったような顔で首を傾げる。しかしセーラー服は礼服にもなることを説明すると、彼女はまだ腑に落ちない様子ながらも、少々お待ちくださいと言って部屋を出ていった。
急に体の力がぬけて、私は畳の上にへたりこんだ。
なにかがおかしい。変だ。この和室も、彼女も、セーラー服とスカーフが通じないことも全部。
一人残された部屋で考える。私は今、どこにいる。

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