アネモネ | ナノ
30


私は再び三成様の部屋へと戻ってきていた。ちゃんとした答えが出たようにも出なかったようにも思えるが、しかし私は自分なりの回答は見つけられたような気がしている。今はそのすべてを彼に告げることが、私のしなければならないことだ。嘘いつわりなく、まっすぐに正面からむきあって。
明るかったはずの日はすでに落ちかけ、背後にひかえている中庭は徐々に夜の風景へ姿を変えようとしていた。
私は失礼しますと言って障子に手をかけてから、ゆっくりとそれを開いた。
床の間を背にして正座をした彼は、微動だにすることなくただまっすぐに前を見つめていた。なんだか初めて会ったときのようだな、と思った。親とはぐれて途方に暮れた少年はもうそこにはいない。
私が三成様と名前を呼ぶと、視線はそのままに彼は
「少し遅かったな」
と言った。
しかしそれは別に怒っているというわけでも呆れているというわけでもなく、ただ思っていたとおりのことを告げただけのように感じられた。その言い方も鋭くなければ、声音も穏やかなものである。
私は彼の正面に座りながら

「すみません。でも自分なりに考えて、納得できるような答えを出せたつもりです」
「……いいだろう。その答えとやら、私に聞かせてみろ」

心なしか、一瞬だけ彼の翡翠色の瞳の中に光のようなものがともった気がした。はたしてそれは、期待なのか、希望なのか。
無意識に私は膝の上でこぶしを作ると、力強くぎゅっと握りしめた。どうも緊張しているらしい。なんだか高校の推薦入試のときに受けた面接の記憶が急に蘇ってきた。
しかし再び逃げることなどできない。いや、そんなことはしたくないと私自身が今強く願っていた。止まりたくない。走り続けたい。そうでなければ死んでしまうような気さえしていた。
私は三成様にはわからないように小さく深呼吸をしてから思いきって口を開けた。そして一息に告げた。

「私がここにやってきたのは、やってこなければならなかったのは、あなたを救うためだった。私はあなたを救いたい。あなたに生きてもらいたい。だからきっと今私はここにいるんだ。私がそう思っているから」

言い終えると口からは自然と安堵のため息が漏れてきた。それは大げさかもしれないけれど、一回死んでまた生まれ変わってきたような心持ちだった。
三成様は静かに「そうか」と言った。すっかりくだらないなどと一蹴されることを想像していた私は、逆に面食らうことになった。
思わず憮然として彼を見つめていると

「どうした。まだなにか言いたいことがあるのか」
「いえ、別になんでもないですけど……」

これは、と思う。否定されることにも辛いものを覚えるが、ただ無条件に「そうか」とだけの感想を告げられても困る。こちらとしては、おそらくそのあとに続けられるべき言葉が気になっているのだが。
私がそうやってぐるぐると考えこんでいたとき、突然慌ただしい足音が近づいてきて障子の前でそれは止まった。室内の明かりに照らされて、ゆらゆらと小さく揺れている人影が見える。ぼんやりとしたシルエットだったけれどがっしりとした肩の感じや腰まわりから多分島様だろうと直感した。

「三成様、大変っす!! 入りますよ!!」

場違いに上ずった声が聞こえてきて、ああやっぱりと私は思った。入ります、と言う前からもうすでに障子を開けて部屋へと踏みこんでいる。彼は私に気がつくと、詩織様もいるとこちらを見ながら小さくつぶやいた。

「なんだ騒がしい。貴様はもう少し静かにできないのか」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないっすよ! 徳川が動きだしました」

にわかにあたりの空気が冷たくなった。
いよいよか、と濁った音が三成様の唇からはなたれる。

「奴らは佐和山にむかっているようです。どうしますか」
「秀吉様から賜ったこの城を穢されてなるものか! 外へ打ってでる。左近、今よりただちに戦支度をせよと城じゅうの者に命じてこい。半刻ののちには出発する。それから真田へは文を送っておけ」
「了解です! 任せておいてください!」

まるで唐突な嵐のようにやってきた彼は、やはり次もまた唐突な嵐が去っていくようにして部屋を出ていった。
しん、と嘘のように静まりかえった室内に重たい沈黙が落ちる。私も彼もなにも言わない。
いよいよだ、と心の中で唱える。いよいよ最後の大いくさが始まるのだ。
絶対に三成様を死なせはしない。死なせてなるものか。そしてそのためには徳川様にも生きてもらわなければならない。
私はふとそういえば今日の暦はなんだったかなと考えた。もし間違っていないのだとしたら今日は慶長5年9月14日のはずだ。
それは、奇しくも私が戦国時代へとやってきてからちょうど一年が経とうとしていた初秋のことだった。

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