アネモネ | ナノ
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その言葉に私は思わず身をぐいっと乗りだしていた。ともすると大谷様に掴みかからんばかりの勢いだった。

「なんだ、そんなに知りたいのか?」
「い、いいじゃないですか別に。それでその道っていうのはいったいなんなんです」

私はとにかく必死だった。たとえ大谷様にからかわれようとも必死だった。それは
答えを焦る私に対して大谷様にはあくまでも冷静だ。彼は少しの沈黙を間にはさんでから、ゆっくりと唇を動かした。口もとを覆っている包帯がそれにあわせて上下にうごめく。

「これは危険な賭けでもある。三成ばかりか徳川も命を落とすかもしれない」
「はい」
「日の本が焦土になるやもしれぬ」
「はい」
「それでも松永久秀を葬ることができたら主の願いはかなうであろうなあ」
「は、え――?」

今、私の口は中途半端に開きっぱなしでとても間抜けな顔をしていることだろう。けれどそのことをわかっていながらも、閉じることができないほどに私は混乱していた。どうしてそこで松永が出てくるんだ、と。

「知らなんだのか? 我はてっきり主は徳川に聞かされたものだと思っていたのだが」
「……なにを、ですか」
「太閤を亡き者にしたのは本当は松永久秀だった、ということだ」

あっ。
私は思わず大谷様を凝視した。そうして、この人は知っている、と思った。この人は知っている、全部。

「知っていて、あなたも今まで黙っていたんですね」

私はかつて徳川様にそうしたように冷ややかな声を浴びせた。
徳川家康も、そうして三成様が強く信じていたあなたまで。黙ったまま嘘をつき続けていた。なにも真実を知らないような顔をして。

「そう怖い顔をするな。せっかくの顔が台無しだぞ」
「話をそらさないでください。今私は真剣なんです」

本当に私はそのとき真剣だったのだ。
大谷様は食いさがろうともしない私の様子を見てからわざとらしくためいきをつくと

「……最初からおかしいとは思っておったのよ。太閤が討たれたという情報は、徳川の兵が吹聴していたのを豊臣の残兵が聞いてきただけだった。だから誰も実際にその光景を見たものはいない。そもそも我には兵に吹聴させる、という行為がとてもわざとらしく映ったのだな。徳川ならきっと正面を切ってワシがやったと宣言するはずだ。しかしやつはそれをしなかった。
そんなとき我はある噂を耳にした。太閤の訃報が流される直前、戦場で大きな爆発音と火柱が上がるのを目撃したというな」
「それが、松永久秀だったんですか」
「ああ。それゆえ真実はこうなる。元々、あの日太閤は松永久秀と戦をするつもりで戦場へと赴いていた。しかし賢人も倒れ、ちょうど相討ちとなったところに現れた徳川がさも自分が二人を討ちとったような嘘をついた」

だがもうすでに遅すぎた、そう言って大谷様は言葉を締めくくった。
遅すぎる、私はその言葉を口の中でもごもごと小さく繰りかえしてみた。遅すぎる。もう、遅い。それはまるでいつまでたっても噛みきれない肉の塊のように私の中に跡を残していくようだった。

「でも大谷様はさっきおっしゃってましたよね。松永久秀を葬る、って。三成様が救えるかもしれないって。それはどういうことなんですか」
「……松永は生きている――いや、もしかしたらまだこの世に存在しているかもしれない」
「なんだか妙にまどろっこしい言いかたですね」
「やつは今、地縛霊となってこの世にとどまっているのだ」
「地縛霊……?」

それはあれでいいのだろうか。心霊写真だったり心霊映像に偶然写ってしまっていたなにか霊的なものを専門家が指摘して「これは地縛霊ですね」と解説しているあれでいいのだろうか。
たしか彼らの多くは自分たちが死んだことを受け入れられなかったり理解できないでいて、その場所や建物から離れられずにいるらしい。だとしたら松永久秀も同じなんだろうか。自分の死を受け入れられない。理解できない。

「でも大谷様。相手が幽霊なら戦いようがないんじゃないんですか」
「そんなことはない。地縛霊とは言ったが、その実やつは肉体も精神も生前と同じようにこの世に存在し続けている。
まだ松永久秀は生きていたのだ」

幽霊なのに生きていて、生きているのに幽霊だって? 私はわけがわからなかった。本来であれば、このような簡単な「わけがわからない」という言葉で片づけてはいけないことなのであろうが、それにしたってやっぱりわけがわからない。この世界は何かがおかしい、と私は再び何度目かのそれを思った。
しかし四方八方を塞がれていたところに、到底想像もしていなかった突破口が見えてきたのは事実だ。もし三成様の誤解が解けて松永久秀を倒すことができたら、この根本を嘘で塗り固められた戦は終わる。
だが問題は、今さらになってどう三成様に真実を伝えるべきか――そして激怒されはしまいか、ということである。それに西軍、東軍と軍勢が東西に日々着々と分かれはじめているなか、この事態が混乱を招くことは私でも容易に判断できることだった。
それでも私の心はもう止められないところまでやってきてしまっていることが、私は自分でもわかっていた。どうしようもないほどの、熱望。私がこの世界へとやってきた本当の理由。

「……大谷様」
「なんだ」
「遅すぎなんてしません。まだ間に合うはずです。きっと」

私はまるで自分に言い聞かせるようにそう口にしながら、勢いよく立ち上がった。
私を仰ぎ見る大谷様の瞳と、大谷様を見おろす私の瞳がぶつかりあう。永遠とも一瞬ともとれる時間が、そのとき二人の間に流れていたように私は感じていた。

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