アネモネ | ナノ
26


ところで先ほど私は仮説と言ったが、実は徳川様の話を聞いている間に一つ思い出したことがあったのだった。
それは私が毛利元就によってさらわれた夜のことである。私は思議な夢を見たのだ。そう、豊臣秀吉が討たれたという場所に私が立っているあの夢だ。
何度も確認するように豊臣秀吉を殺したのは徳川様ではなく松永久秀だった。だとすればあの場所で豊臣秀吉と戦ったのは松永久秀だということになる。
つまり私が今なにを言いたいのかというと、あの夢はもしかしたら単なる夢ではなくて、彼らが戦っていた光景そのものなのではないだろうか。まるで三成様が暗殺されそうになったときのように。
私はきっとそれをたしかめてみたいのだと思う。もちろんそんなことができる保証もないし、そもそもなにをどうすればいいのかもわからない。それに私自身、どこか湧き水がふつふつと底のほうから浮いてでてくるよう、その衝動のままに動いている気がしているのだ。
けれど私は思ったんだ。思えたんだ。それは、たった一人の、ちっぽけな女子高生の願いだ。自分の今帰るべき場所を守りたいと。大切な人たちを守りたいと。
*
それからしばらくをかけて、私たちはあの場所へたどり着いた。
結論から言えば、新たな収穫はなかったものの、私が見た夢の景色は間違いなく豊臣秀吉と松永久秀が戦っていたときのものだという強い確信を得ることはできた。そしてもう一つわかったことは、焦げ臭いにおいはやはり私にしか感じられないということだ。
島様にも聞いてみたところ、まったくそれがわからないらしい。むしろここまで来ると私の鼻がおかしいのかもしれないけれど、どうしてだろうか以前よりもそれが強くなっているような気さえするのだ。
これははたして豊臣秀吉の死となにか関係があるのだろうか。
それはわからない。けれど私は、あるんじゃないか、と思っている。三成様にも大谷様にも島様にも、そして兵士さんたちも感じられないもの。私だけが感じるもの。すべての物事には必ず理由があって、それを見極めなければいけない。
そんなことを考えながら、私は島様とともに佐和山城へと帰ってきた。そして兵士さんや女中さんたちの歓待をひとしきり受けてから、私は三成様の部屋に呼びだされることとなった。
その、一人で。

「この度は――いえ、この度もご迷惑をおかけしてすみませんでした……」

三成様を一目見た瞬間、まず私が思ったのは、島様の大嘘つきめということだった。
なにが「心配していた」だ。現在私がおかれているこの状況を見ても、はたして同じことが言えるのか。
三成様はとても怒っていた。それはもうかんかんに。
地獄の鬼も裸足で逃げだしてしまいそうな表情して、そして不穏な空気を背後から漂わせている。火山が一つ噴火してもおかしくないかもしれない。

「あの、えっと」
「……家康に、会ったのか」

探るような、それでいて半ば攻めるような口調だった。
ビクリ、と肩が恐怖でこわばる。別にうしろめたいことなんてなにもないはずなのに、この罪悪感はなんなんだ。私は思わず畳に額をつけながら

「す、すみませんすみませんでした!! でも徳川様とはお話しただけで本当にそれだけで他にはなにもなくて私は三成様を裏切りたいとか全然ないしむしろ裏切ることなんてできないっていうか……」

支離滅裂な上に、もはや自分でもなにを言いたいのかわからなくなってきた。それでもあまりのいたたまれなさに、なにかを言い続けていなければいてもたってもいられなかった私はとにかく言葉を滝のように吐き続けた。

「……貴様の身を案じていた」
「はい?」
「貴様が本田に連れさられたと聞いたときは心の臓が凍る思いをした。体が内側から腐っていくようだった」
「あ、あの……」

意味がわからない。たしかに三成様の声は聞こえているはずなのに、それがちゃんとした日本語になって私に理解されずにいるのだ。ようするに私は今とても混乱しているらしかった。まるで他人ごとのようである。

「私はあのとききっと恐れていたのだ。貴様が消えてしまったことを」

三成様の告白は止まることをしらない。私は思った。
困る、と。そんなことを言われても困る、と。

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