アネモネ | ナノ
25


兵士さんに連れていかれて城の外へ出ると、たしかに幾分かボロボロになった島様がいた。
島様は私を見るなり

「ご無事で本当によかったあ……」

と安堵のためいきをついてから柴犬のような顔をくしゃりと歪めた。まるでその様子は、何十年も生き別れていた実の母親とやっと対面をはたしたときのようだった。それから彼は私の体を強く、その腕の中に抱きしめた。
島様の体からは土と火薬と、それから疲労のにおいがした。きっとろくに休憩も睡眠もとらずにここまで来てくれたのだろう。私は胸が締めつけられるように痛くなった。

「……また心配かけてごめんなさい。それからいっぱいむちゃさせちゃって。こんな危険なところにまで……」
「いいんすよ、気にしないでください。これが俺の仕事すっから。じゃ、帰りましょう。長居する場所でもないですしね」

ちらりと横目で兵士さんをうかがいながら言う。兵士さんは特に気を悪くするような様子はなく、ただ早くここを去るようにと言ってからもと来た道を戻っていった。
馬が走りだした。

「三成様が来てくれるって思ってましたか?」
「なんで」

間を置かずにそう聞いてきた島様に、私は反射的に質問に質問で返してしまっていた。馬が地面を蹴る音に混ざって彼の困ったようにうなる声が聞こえた。

「なんでって、思ってたんじゃないですか。三成様がきっと助けに来てくれるって」
「……思ってないですよ。そんなこと」
「本当ですか?」
「本当ですって」

――島様へ言ったことに嘘なんかない。私はたしかに一度だってそんなことを思ったことなんかないのだ。甘えちゃだめだ。甘えることと頼ることは違う。両者の間には決定的な溝がある。
それよりも問題は佐和山へと帰ってきた私を三成様がどう思うかだ。マヌケにもほどがある私は、彼が一番嫌悪する徳川家康の城へやすやすと連れさられてしまったのだ。三成様が怒っていないはずがない。
最悪の事態を考える。首をはねられて殺されることも想定しなければなるまい。

「私、死ぬんでしょうか」
「え、なんでですか!?」

甲高く馬の鳴く声がして、突然その歩みがやむ。島様が手綱を無理やり引いて馬の動きを止めたのだった。バランスを失った私の体はぼすんと島様の背中へ吸いこまれていく。
うっわと蛙が潰されたような悲鳴を上げると

「す、すいません。びっくりしちゃって、思わず」
「だって三成様かなり怒ってたんじゃないですか。きっと、もう二度と私に佐和山の門をくぐらせないつもりなんだ」
「……なに言ってるんですか。そんなわけないですって。これは秘密なんすけど、実は巫女様が家康に攫われたって聞いたとき、三成様一人で城を飛び出す勢いだったんですから。慌てて止めて俺が来たんですけど。あ、でも俺は死ぬほど怒られちゃいました」

そう言って島様は、ツートンカラーの前髪をがしがしとかいた。飴色の瞳が閉じられて弧を描いている。それは悪戯がばれてしまったあとの子どものような表情だった。
困ったな、と思った。話が振り出しに戻ってしまった。そのようなことを教えられたところで、いったい私はどのような反応をすればいいのかわからない。
それははたして彼が徳川様に持っている憎しみの感情から突発的におこったものだったのか。それとも――
手綱を握り直した島様によって再び馬が疾走を開始する。私はそこまで考えてから彼の背中にむかって声をかけた。

「あの」
「次はなに?」
「豊臣秀吉が討たれた場所へ私を連れていってください」

ふっと、私たちの間に流れる空気が変わったのがわかった。島様は無言だったけれど、彼の言いたいことはおそらくこうだ。疑問の言葉だ。なぜそこに行く意味がある、という。
実は別れ際に、私は徳川様とこんな会話を交わしていた。彼は言った。
ワシがお前に真実を告げたのは、三成の隣で生きたいとお前がそう願ってくれたからだ。それに今さら本当のことを話したところで、きっと戦を避けることはできないだろう。
ワシはお前のような存在を待っていたのかもしれない。
なんて勝手な人だとあのときのように憤慨しながらも、私は同時にそれでもこの人はこんなことをすることでしか三成様を思うことができないのだと知った。
けれどもし、もし私の仮説が正しければ一つだけ方法があるはずなのだ。徳川様がこんな回り道をしなくていい、そういう方法が。

「たしかめなきゃいけないことがあるんです」
「たしかめなきゃいけないこと?」
「はい、島様につきあってほしいんです。自分勝手かもしれないですけど。だから、お願いします」

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