アネモネ | ナノ
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「巫女様あああああ!!! 毛利に攫われたって聞いてものすごく心配してたんすよ! 大丈夫でしたか!?」

ドタドタと部屋の外から足音が聞こえてきて勢いよく襖が開かれる。そこにはいかにも戦帰りですという格好をした島様が立っていた。顔は土や煤や埃でまみれ、鎧にはいくつもの破れたあとやうっすらと血の滲んでいる箇所もあった。

「島様、お帰りなさい。私は大丈夫ですよ。三成様が助けに来てくださったので」
「……三成様?」
「はい。三成様が攫われた私を鯉城まで助けに――」
「そうじゃなくてですね。呼び方が変わってるなって思って。前は石田様だったのに」

こちらに向かって歩いてきた島様がすっと私の隣に腰を下ろす。そして興味深げに私の顔を覗きこんできた。
飴色をした瞳が近い。この人は一見するとちょっとチャラいお兄さんのようにしか見えないが、こうして間近で観察してみると以外と綺麗な顔をしていることに気づいた。

「もう少し自分から歩み寄ってみようと思って。なんというか、うまく言えないんですけど。でも私、今なら島様が最初に言ってくれたことわかった気がします」
「…………」
「どうなさいましたか?」
「……いや、巫女様ってもしかしたら三成様のこと好きなのかなーって思いまして」
「す、好き!?」

思わず島様の顔を凝視する。彼はそんな私に向かって軽く笑みを向けていた。それが他意のないものだとわかるだけに、私は彼を強く責めることができない。
好きだと、私が三成様を好きだと彼はそう言うのか。うろたえる必要などどこにもないはずなのに、私は半ば混乱していた。

「……私は、三成様が好きなんでしょうか」
「俺には今の巫女様はそう思えましたけど。違いましたか?」
「……よく、わかりませんでした」

静かに首を振る。
そう、わからない。私はたしかにあの一件があってから、三成様を見る目が変わったような気がしている。けれどそれははたして俗に言われる「恋愛感情」というやつなのだろうか。それはどうにも違うような気がした。

「まあでも、俺はお二人はお似合いだと思いますよ。三成様にしっかりものが言える女性ってここだと多分巫女様だけなんじゃないすかね」
「はあ、そうなんですか」

いつ私がそんなことをしていただろうかと思っていると、島様は三成様に戦果を報告してくると言って部屋をあとにした。一人残された私もまた立ち上がって部屋を出る。
そうして私は大谷様の居室の前までやってきた。襖を開けたとたん急に目の前に大きな影ができたので驚いて上を向くと三成様がいた。

「あ、おはようございます」
「……刑部になにか用か」
「はい、少しお話したいことがありまして。そういえば島様がお帰りになっていましたよ。戦の報告をしたいとおっしゃっていたので、多分今ごろ探していらっしゃるんじゃないでしょうか」
「そうか。わかった。感謝する」
「え、あ、いえ、お気になさらず」

なんでこんなタイミングで、と私は内心毒づいた。島様の言った先ほどの言葉を思い出してしまったのである。
"三成様のこと好きなのかなって"
そんなことを考えているうちにとうの三成様は私の横をすり抜けて消えてしまっていた。
部屋の中に入ってから障子を閉めると、ふいに奥で火鉢にあたっていた大谷様と視線があった。彼は目を細めながら

「どうした。顔が赤いように見えるが」
「そ、そうですか? そんなことないですよ。気のせいじゃないですかね」
「……まあ、そうよな。今はそのようなことはどうとでもよいか。して、主から我のもとに来るというのはまっこと珍しい。何の用か」
「お聞きしたいことがあります」
「聞きたいことだと? 主が、我に」

火鉢をはさんだ大谷様の真向かいに腰を下ろす。敷かれていた座布団には少しだけ三成様の体温が残っていて生温かった。

「三成様が私を助けに来てくださったのは、大谷様の進言があったからなんでしょう」
「それを知って主はどうしたいというのだ」
「どうって、そんなの……」

沈黙が落ちる。火鉢のパチパチと燃える音だけが聞こえる。

「たしかに我は攫われた主を助けに行くよう三成に言った。だが、強要したわけではなかった。すべての決定権はあやつにあったということだ。それが主の満足に足る回答であったかはわからぬがな」
「そう、ですか」

それはずっと思っていたことだった。彼に好情を抱きながらも、私はそのことについて引っかかっていたのである。
そして私はこの瞬間に自分がとても傲慢だったことに気がついてしまった。当たり前じゃないか。他の誰かが純粋に自分のためを思ってなにかをしてくれる、などということを鵜呑みにしてはいけない。だから私は本当に甘い。
けれど三成様は違うのかもしれなかった。大谷様の言葉が嘘でないならば。

「主の用事はこれでしまいか?」
「はい、ありがとうございました。お邪魔しました」

座礼を軽くしてから私は座布団から立ち上がった。そしてそのまま障子を開いて部屋を出ていこうとすると大谷様が急に思い出したように

「ああ」
「どうしましたか」
「そういえば今のことは三成から主には言うなと口止めをされておったわ。まあここだけの話ということにしておいてくれ」

と怪しく唇に人さし指を当てつつ言った。私はちらりと一度振り返っただけで、なにも言わずに外に出た。
自室へと戻りながら、私はやっとここで生きていける場所ができたのだろうかと考えていた。私にはそれがとてつもなく嬉しかった。

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