アネモネ | ナノ
17


目が覚めると、平成の自室でもなく、佐和山城で日々を過ごしていた部屋でもない場所に私は寝ていた。いや、正確にいえば寝かされていたと表現する方が正しいのだろうか。
備前に向かう途中、私は昨晩一夜を過ごそうとした廃寺で何者かに誘拐されてしまったのである。おそらく。
私が忽然と失踪してしまったことで、今ごろあの場はどんな状況になっているのだろう。騒然となっているのか、それともつつがなく備前へ向かったのか。もし後者であったら悲しい気もする。
誘拐ではなく逃げ出した、と思われていたらどうだろう。私に対する石田様の心象は、いまだよいものではないように感じる。私はまだ彼に疑われている。彼が具体的に私のなにを疑っているのはわかららないが、きっと一番気に入らないのは私の存在自体なのかもしれない。
そんなことを考えながらゆっくりと布団から起きあがると、私は今一度あたりを見まわした。
いくらか狭いものの、部屋の中は明るいため窮屈だとは感じない。出入り口となる場所は襖によって仕切られている一箇所だけで、あとは壁で囲まれていた。ちょうど襖の反対側には窓があったので開けてみると驚くべき光景がそこには広がっていた。

「海、だ」

すっかり屋敷の一室だと思っていたのだが、どうやらここは船の中だったらしい。
気が遠くなるほど広い海の上にはなにも見えなかった。ただ、太陽の光が反射して水面がキラキラと輝いていた。

「目覚めたようだな」

突然うしろから声をかけられる。振り向くといつの間にか開いていた襖の前に一人の男が立っていた。
この人が私を誘拐するように命じた張本人なのだろう。一目で大将格だとわかった。
全身に緑色を基調とした鎧をまとい、不思議な形の兜をかぶっている。例えるならばオクラ、であろうか。
妙に整った顔をしているのは石田様とそっくりだったけれど、その瞳と声にはとても冷たいものがあった。
私はわずかな恐怖を覚えながら

「だ、誰ですか。あなた」
「我が名は毛利元就。日輪の申し子なり」
「もうり、もとなり……?」

その名に私はかすかに覚えがあった。たしか教科書で見た気がする。私の記憶が正しければ、彼は今でいうところの中国地方を治めていた戦国武将だったはずだ。現在海の上にいるということは、まだ領国に到着しておらず向かっている最中ということなのだろうか。
しかしそれよりも私には考えなけばならないことがあった。どうして私がこんなところにいるのか、どんな目的があって毛利元就は私を攫おうと考えたのか。

「あの」
「なんだ」
「どうして私を――」
「今貴様がそれを知る必要はない。あと数刻で鯉城に着く。話はそれからだ」

まだなにも言っていないのに、取りつく島もなかった。彼は私の発言を遮ると一方的に話を打ち切るように踵を返して部屋を出ていこうとする。

「そこでしばし大人しくしていろ。騒がねば殺しはせぬ。貴様には働いてもらわねばならぬからな」
「働く……?」
「いや、忘れろ。少々喋りすぎた」

結局彼は入ってきたときと同様、音もなく部屋を去っていった。
一人残された私は、わけのわからないままただ時間が経つのを待っているしかなかった。

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