アネモネ | ナノ
14


城じゅうを覆っていた雪がすっかり溶けた。
それと同時に、私は城内の人々の動きが日ごとに騒がしくなるのを感じていた。降雪によって先延ばしとなっていた行軍が再開されるのである。
黒田様の教えてくれた石田様暗殺について、結局私が誰かに言うことはなかった。それは私の胸の中でずっとわだかまり続けている。

「気分はどうか、詩織」

寝巻き代わりの浴衣を脱いでセーラー服に着替えていると大谷様が現れた。

「大谷様。おはようございます。なにかご用ですか?」
「今から軍議を始めるのでな、主を呼びにきたのよ」
「軍議? だって、でも、私なんかが参加したところで戦のことなんかなにもわかりません」
「此度の進軍には主も共に向かってもらおうと考えている。そのために、前もっておおよその流れを頭に入れておいた方がよいかと思ってな」
「はあ、さようで」
「こちらよ、ついて来やれ」

大谷様の言葉にしたがってやってきたのは、以前にも訪れたことのあった大広間だった。襖を開くと、すでに石田様の家臣と思われる人々がまるで人形のように微動だにせず同じ姿勢で座っていた。その構図に、教科書で見かけた大政奉還の絵をふと思い出した。よく似ている。

「あの、島様の姿が見当らないようなのですが……」
「あやつには三成から軍議の参加禁止を申しつけられている」
「彼なにしたんですか……」

空いていた場所に大谷様と隣りあって座る。

「どうした。顔色が優れないようだが」
「さっきから耳鳴りがして。ここに入ったときからずっとなんですけど、だんだん酷くなってる」

ホイッスルがずっと一定のリズムで鳴らされているような音が耳をついて離れない。そういえば耳鳴りが聞こえると近くに幽霊がいるらしい。
上座に一番近い襖が開いて石田様が入ってきた。耳鳴りがさらに激しくなった。
彼は腰をおろして広間をぐるりと見渡してから

「只今から軍議を行う。各々心して聞け」

なんだこれ。なんなんだこれ。外から入ってくる石田様の声と、耳鳴りの音が混ざって気分が悪くなる。
耐えられなくなって目をつむると、脳内に突然映像が流れこんできた。今私たちがいる大広間で、石田様が同じようにして軍議を行っている映像だった。石田様の唇が動いていたけれど、なにを言っているか聞こえなかったので無声映画のようだった。
左のこめかみがなぜだか痛み始める。次の瞬間、映像の中の石田様に向かってものすごいスピードで
鈍い銀色に光る物体が飛んでいくのが見えた。それは的確に石田様の喉元へと到達して、刺さる。鮮血の赤が恐ろしいほど綺麗な弧を描いて飛び散る。
そこで映像は唐突に切れた。

「そして舞兵庫には――」

ふっ、と耳鳴りが止む。まるでそれがなにかの合図のように私には思われて、気づけば石田様の言葉を遮って叫んでいた。あの映像が再生される。左のこめかみがまた痛くなった。

「石田様、危ない! 逃げて!!」

先に体の方が動き始めていた気もする。石田様と私の体格差では少しの力を加えただけではでびくともしない。だから突進するような勢いでもって、彼の体を映像で見た軌跡から外そうとした。

「な、なんだ貴様!」

困惑したような石田様の声が聞こえた。それから家臣さんたちのどよめく声も。
急に私が向かってきたので、さすがの石田様もバランスを崩してしまったのか、もつれあったまま私たちは二人そろって床へと倒れこんだ。鈍い音が体の下から響く。
衝撃に悶えながら開いた薄目に、はたしてあの銀色に怪しく光る物体が頭上を飛んでいくのが見えた。

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