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「……ろ」
恐ろしく強い力で揺さぶられている感覚がする。起きなきゃいけないと思うのに、その意思とは反して私の瞼は重しのように固く開くことを拒否していた。
「うーん……」
「起きろと言っているだろう!」
一際大きなどなり声が聞こえて私の眠気はそこで瞬時に消失した。
見上げるとすぐ上に鬼のような形相をした石田様が立っている。
「石田……様?」
どうしてこんなところに、と言いかける前にそもそも私はなんで寝こけていたのだろうと思った。そうだ、たしか大谷様の要求で天気を占ってから部屋に戻ったあと不貞寝をしているうちに本当に眠ってしまったのだった。
畳の上に直接寝てしまったので腕に痕がついている。
「……お、おはようございます。あの、なんのご用でしょうか」
「外を見てみろ」
「外、ですか?」
会ってまず最初に外を見ろとはどういうことだろう。不思議に思いながら石田様の横をすりぬけて障子を開け放つ。ひどく冷えた風が部屋に流れこんできた。
その光景を見た途端、私は言葉が出なくなった。暗闇の中、ぼうっと浮かび上がるようにして立派な庭が一面どこもかしこも真っ白に染まっている。
「だいぶ積もったな」
「嘘だ……」
目で見ただけではにわかに信じがたい光景だった。素足のまま庭に降り立ってその感触を確かめてみる。
冷たい。足の裏を刺すような冷たさだった。じんわりと皮膚の感覚が麻痺していくのを感じる。
「晩方になってから急に降り始めた」
「……どうして」
「貴様が言ったのだろう。雪が降る、と。刑部から聞いた」
「そうです、けど」
まさか本当に雪が降ってしまうなんて。そんな様子などまったくない空模様だったのに。
「こんなに積もったの初めて見ました」
「ヘイセイとやらでは雪は降らないのか」
「降らないというわけではないんですが、量が少ないんですよね。地球温暖化の影響とかで」
「チキュウオンダンカ……? それはなんだ。貴様の言葉は時々難しい」
「ああ、地球温暖化っていうのは二酸化炭素が熱を地球の中に閉じこめて――つまりようするにあったかくなっちゃうんです。私たちの住んでいる場所が」
言っている途中にまた石田様の額に細かいシワが寄ったので、私は言葉を切ると簡単な説明に言い直す。石田様が納得したとも、していないともとれるような顔をさせた。
「これではしばらく兵は動かせんな」
「あの……」
「なんだ」
「偶然なんです」
「偶然? なにがだ」
「雪が降ったこと、大谷様に占えって頼まれました。だけど私にはそんなことできなかった。なんとか苦し紛れに考え出したものも子どものいいかげんな遊びだった」
結局私はなにもできない。そのことに深く胸が痛んだ。私がここにやってこなければいけなかった理由なんてやっぱりなかったのだろうか。
うつむけそうになる顔をなんとか保たせながら石田様を見る。彼は私に一瞥をくれたあと
「最初からそのようなことなど信じていなかった。奢るな」
「す、すみません」
「もういい。それよりそろそろ上がれ。風邪をひきたいのか」
石田様に言われて初めて自分が長い間雪の上にじかに立っていたことを思い出した。もしかしたら霜焼けになってしまうかもしれない。
ゆっくりと障子を閉めながら、私は静寂の支配する庭を目に焼きつけていた。
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