アネモネ | ナノ
11


「巫女よ。少し主に頼みがある」
「頼みですか?」
「明日の天気を占ってはくれないか」

石田様と四国に行ったその翌日から私はある程度の自由は与えられるようになった。つまり監禁というほど厳しいものではなかったけれど、晴れてそれから解放されたのである。 しかし私が部屋にこもっている時間は減らなかった。それは前に言った後ろめたさからだ。 石田様が私の軟禁を解いてくれたのは、鶴姫ちゃんの「未来を変えられる」という発言があったからだった。 その意味はやはりよくわからない。けれど鶴姫ちゃんの占いはかなり当たるらしく、以前にもまして女中さんと兵士さんたちの無茶振りがひどくなってしまったのだった。今ではエセおふだまで作らされる始末である。

「天気、ってどうやって占えっていうんですか」
「それはお主、巫女なのだからなにか手もあろう」
「なに言ってるんですか。手なんてなにもありませんよ。私はただの野田詩織という普通の人間です」
「だが主は預言者に未来を変えられると言われたのだろう。それにもし主が本当に先の世からやってきたというのなら、それこそ自体凡人の身の上には起こらないことではあるまいか。それを主はどう考えているつもりなのだ」
「それは……」

言葉に詰まる。私だって今まさにそれを探している最中なのだ。
その作業は真っ暗闇の中、明かり一つ使わないで落し物を探すようなとても気の遠くなりそうなものと似ていた。行動を起こす前からどうせ見つからないと諦めてしまいそうだ。

「まあとにかく主のやり方でやればよかろ」
「なんでいつの間にかやること前提で話進んでるんですか! 無理ですって! できませんって!」
「当たらなければ主が城中のみなから白い目で見られるだけで我は痛くも痒くもないからなあ。せいぜいがんばりやれ」
「私にとっては大問題なんですけど……」

大谷様がヒッヒッヒと高らかに笑いながら屋敷の中に入っていく。思うにこの人は、誰かが困っていたり災難な目に遭っているときが一番楽しそうにしている気がする。きっと彼の座右の銘は他人の不幸は蜜の味に違いない。
思わず口から大きなため息が漏れてくる。私が戦国時代にタイムスリップしてからというもの、毎日こんな理不尽なことばかりだ。正直平成が恋しくなってきた。
しかし、なにもしないわけにはいかない。私が今こうして生きていることができるのは、たとえ大谷様の勘違いであっても「巫女」の肩書きがついているからである。これを失ってしまえば私はいますぐ城の外に放りかねられない。

「でも天気なんてどう占えばいいんだろ」

現代だったら天気予報という便利なものもあるけれど、この時代には存在するはずもない。別の方法といえば天気に関する迷信か。ツバメが地面を低く飛んだり富士山に笠雲がかかると雨になるというやつだ。でもツバメは飛んでいないし、富士山もここからでは見ることができない。なにもかもがここにはない。
すっかり困りはててしまった私は縁側にへなへなと座りこんだ。じっと自分の足先を見つめる。おろしたてだったはずのローファーにはいつの間にか傷や土がついていて履き潰した雰囲気が出ていた。
そこで私は思い出したのだった。まだ他にも天気を当てる術があったことを。
それは靴を投げて倒れた方向で天気を予想するというものだ。私も小学生のころ、学校の帰り道の途中よく友人とやっていた。
信憑性はまったくない。当然だ。ただ靴を投げるだけでなんの根拠もなければ、ただの確立問題でしかないのだから。けれど私にはやらねばならぬという現実がすぐうしろに迫っていることもまた事実だ。案ずるより産むが易し、ということわざもある。

「大谷様!」

屋敷の奥に向かって彼を呼ぶ。やがて神輿に乗った彼は音もなくこちらにやってきた。

「なにかよい案は浮かんだか」
「はい。今から大谷様の前で実演したいと思います」

縁側から降りて少しそこから距離をおく。右足をそっとローファーから抜いて一気に振り上げた。秋晴れの空に吸いこまれるようにて靴が天高く上っていく。

「あーした天気になーあれ!」
「これはなんの儀式だ」
「だから天気を占うんじゃないですか。履き物の落ちた向きで天気を見るんです。表だったら晴れ、裏だったら雨。横はなんだったっけ……雪?」
「では明日は雪ということか」
「え?」

大谷様の視線をたどって下を見る。確かにローファーは横向きで倒れていて、明日は雪になることを伝えてくれていた。いや待て、そんな馬鹿なことがあるか。

「まだ10月ですよ!? 雪なんか降るわけないじゃないですか!」
「11月もほど近い。それになんと言っても、石田軍の巫女の予言だ。間違いはなかろ。全軍には雪のため明日からの行軍はしばし見送ると伝えよう」
「行軍って……戦へ行くつもりだったんですか?」
「徳川が東を中心に同盟を固め始めていると聞く。小さな軍から大きな軍まで、やつの下につく者は日を追って増えているらしい。余計な芽は早く摘んでおくのが得策であろう。明日は井伊直虎の井伊谷城に進軍する手はずとなっていた」
「はあ」

意識半分で大谷様の言っていることを聞いている。誰のどこの城を攻めるのか、ということは今の私にとって重要なことじゃない。
大谷様に話してから気づいたのだけれど、よく考えれば晴れと雨よりも雪が出る可能性の方が高いのだ。これじゃあ本当にいいかげんにもほどがある。

「すいませんもう一回やらせてください! いや、三本勝負、三本勝負にしましょう! これならまだ確実なはずです!」
「主は巫女と言いながら己の占いの結果に自信が持てぬと言うのか? それはたいそうおかしな話よな」
「城内のみなさんから白い目で見られるなんて私耐えられません! それに絶対に石田様がお怒りになりますよ。雪のために中止した行軍が、その肝心の雪が降らなかったりなんてしたら……私まだ死にたくありません」
「もう決めたことよ。では我は城の者に伝えてくる」
「大谷様っ!」

ひらひらと手を振って大谷様の姿が遠ざかっていった。風でなびいている包帯がどことなく蝶を彷彿とさせたが、それはきっと綺麗なばかりではなくて毒を持っている。
しばらくの間私はその場に立ちつくしていた。けれど時間が経つにつれて、もうどうしようもないことだと半ばヤケになってきたので部屋に帰ろうと思った。

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