アネモネ | ナノ
09


しばらく琵琶湖を眺めながらの移動が続いた。
堺に入ると、馬を下りて港へ向かった。船で瀬戸内まで行くらしい。
やはり戦国時代なので、現代と比べものにならないくらい時間のかかる旅だった。それでも、見たことのない景色やしたことのない体験をするのは楽しい。
やがて私たちは、今乗っているものよりも一回り大きな船の前で止まった。よく見ると同じような船がいくつも後方に浮いている。壮大なアスレチックのようだと思った。
兵士の人たちは船に残して、私と石田様の二人だけで行くことになった。正直不安しかない。
話すこともないので無言で歩き続けた。ずっと黙っていると考える時間が自然と増えていく。
石田様は私を瀬戸内まで連れてきてなにがしたいのだろう。物見遊山とは考えられない。それにはきっとなにか必要性があるはずなのだ。
そうしている間に、私たちは周りをたくさんの赤い柱で囲まれた場所にたどり着いた。ここが最奥なんだろうか。
一歩足を踏み入れると、物凄い速さでなにかがこちらに飛んできた。唖然として固まっていた私を尻目に、石田様がすばやく刀を抜いてそれを叩き落とす。地面を見たら真っ二つになった弓矢が落ちていてぞっとした。

「貴様、急に何事だ!」
「急にやってきたのはそちらの方じゃないですか!」

声につられて顔を上げる。石田様の目線をたどっていくと、矢の飛んできた方向に女の子が一人立っていた。
同い年ぐらいだろうか。目鼻立ちの整ったかわいい子だな、と思った。茶色の髪の毛をボブくらいの長さに切って、大きなリボンが特徴のミニスカートからは細くてすらりとした両足がのぞいている。
それにしても、ものすごく度胸のある子だ。石田様に対してまったく物怖じするところを見せていない。それどころか毅然と言い返してさえいる。

「まあいいです。それで、今日のご用事はなんですか」
「占ってほしい人間がいる」
「石田さんの隣にいる女の子ですか」
「そうだ」

妙に感心していると、突然話の矛先が自分に向けられたので驚いた。

「占うってどういうことですか」
「貴様が本当は何者であるのかを確かめたい」

何者かと言われても、以前大広間で私が語ったことがすべてである。そして真実である。
顔を上げると女の子と目があった。

「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
「私は鶴姫といいます。あなたのお名前も教えてくださいな」
「えっと、野田詩織です」
「詩織ちゃん! なんてかわいいお名前なんでしょう!」

彼女があまりにも裏表のない笑顔で言うので私は恥ずかしく思うのと同時に、どこか安心をしてもいた。
右も左もわからない場所にいきなり放りこまれて、お前は巫女だと告げられた。
兵士や女中のみなさんはたしかに優しくしてくれる。けれどそれはどこかよそよそしさを含んだ優しさだった。
大谷様はなにを考えているのかいまいちわからないし、石田様は怖い。島様は色々と気にかけてはくれたが、それも私の求めていたものとは少し違った。
この世界に来てから初めて安堵という感情を得た気がする。それは女子特有の仲間意識というやつのせいかもしれなかったけれど。

「詩織ちゃんのために私頑張りますね!」
「御託はいいからさっさとしろ」

一体これからなにが始まるっていうんだ。

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