アネモネ | ナノ
04


中は大広間になっていた。
一段上がった舞台のような場所に背筋をまっすぐ伸ばした男性が座っている。彼は、灰色の着物の上に白と紫を基調とした陣羽織らしき物をはおっていた。
私はしずしず畳の上を歩くと、すでに男性の前に座っていた大谷様の隣に腰を下ろした。
とりあえず頭は下げておいた方がいいかもしれない。そう思った私は、手の平をついてから首を垂れた。

「よいよい。そんなに畏まらずとも。頭を上げよ」

大谷様は少し笑いながら言った。今さらであるが、もしかしたら私はこの人が苦手かもしれない。
額をゆっくりと畳から遠ざける。
まず、綺麗な人だと思った。遠目ではよく見えなかったけれど、すっと通った鼻筋と薄い唇を持っている。
細面で、あえてその完璧な作りの中で不自然な点をあげるとすれば、前髪が異様に長く鳥のくちばしのような形になっていることだった。
彼は私を一瞥すると

「刑部。家康に本当に勝てるのか」
「我を疑うのか三成。だがそやつは本物よ、ホンモノ」

大谷様の視線が私へと移る。
謎は依然深まるばかりだった。そやつ、と大谷様が示しているのは私のことであろう。ただなにが本物なんだ。本物があるのだからそれには偽物も存在するのだろうか。
それから看過できない単語を耳にしたような気がする。家康と三成、と。
家康とは、はたしてあの徳川家康のことなのか。
そして三成とは、はたしてあの石田三成のことなのか。
もし本当にそうだったとしたら。ここに来るまでに見てきたが、家の作りはすべて純和風だった。洋服を着ている人はおらず、みな着物か鎧である。他にも、私の常識が通じないことが多々見受けらた。

「女。なにを惚けている」

考えこんでいた私に向かって三成様から声が飛んできた。それがずいぶんと棘のあるものだったので、どうやら私は彼に歓迎されていないようだ。
私はひとまず控えめに切り出すことにした。

「すみません、少しよろしいでしょうか」
「なんだ」
「あなた様のお名前は」
「石田三成だ」

やはり、と思った。私は動揺を悟られないようにしながら

「ではもう一つだけ。今の暦を教えてください」
「暦だと? 妙なことを聞く」
「はい」
「慶長4年9月15日」

私は頭を抱えた。
歴史に関する知識が私にどれほどあるかといえば、授業で教わったこことぐらいである。だから特に詳しいわけではない。
しかし、石田様は慶長だと言った。実は私はこの年号に聞き覚えがある。
慶長の役、だ。先週習ったばかりの単語だった。
慶長の時代、豊臣秀吉が軍隊を朝鮮へと送りこんだたために勃発した戦いを慶長の役というのだと聞いた。
豊臣秀吉は戦国時代の人だ。ということは同時に、慶長も戦国時代の年号となる。石田様は本当に本当のあの石田三成だったのである。
つまり石田様の言葉が本当だとするなら、今私は戦国時代にいるこということになる。いわゆるタイムスリップとやらをしてしまったらしい。
私は思わず頬を抓った。痛かった。これに信憑性があるのかと問われれば怪しいが。
仮にこれが本気で現実だったとしよう。そうであった場合、私には疑問が生じるのである。
すなわち、どうやって私は戦国時代へタイムスリップできたのか、ということだ。
大概小説や漫画では、主人公が事件や事故に巻きこまれるのと同時にそれは起こっているような気がする。では私も、同じように事件や事故にあってここにいるというのだろうか。
それはわからない。気づいたら山の中にいた、私が知っているのはそれだけだ。
そして果たして彼らに、私が未来からやってきたことをカミングアウトすべきか。

「詩織と言ったな。主をここへ連れてきた理由だが」

大谷様によって再び私の意識は浮上した。
そうか。ちゃんと理由があるのか、と的外れなことを思いながら私は相槌を打った。

「主は我ら西軍を勝利へと導く巫女である。そうよな?」

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