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子の心親知らず


「詩織のお父さんてイケメンだよねえ。ほんっと羨ましいよー」
私の友人たちはみな、こぞってその言葉を口にする。
しかし実際は全然そんなことないのだ。いや、たしかにイケメンではあるのだろうが、父親として特に重要な点というわけでもないような気がする。
そして私は今、そんなに私の父が羨ましいなら是非交換をしてほしいと思っているのだった。そう、まさに今この瞬間に。

「詩織。門限を言ってみろ」
「……五時です」
「そうだ。では今を何時だと思っている」
「……五時一分で――あのさあ、お父さん。高校生にもなって門限五時っていうのはさ、おかしいとか思わないの? 学校から家までどれくらいかかるか知ってる? だいたい一分遅れたくらいで、そんなに怒らなくてもいいじゃない」

家に帰ると、父が仁王立ちになって玄関に立っていた。背の高い彼がそうしていると妙に迫力がある。
私の父はひどく過保護だ。母親のいないことも理由の一つなのかもしれないが、それでも常軌を逸していると思う。

「言い訳は聞かん。それよりも携帯電話を渡せ」
「……はい」

スクールバッグを探って携帯を出す。父はそれを奪うように私の手の中から取っていった。

「なぜ家康がお前のメールアドレスを知っている」

父の過保護はこんなところにも及ぶ。
登下校時、なにか起きたときのために、学校にいる間は携帯を持たされているのだが、家に帰ればこんなふうにして父の手元へいく。そしてメールの中身やら着信履歴を調べられるのだ。プライバシーなどあったものではない。

「前に学校帰りの電車で家康さんと偶然会ったの」

家康さん、とは父の同輩で、私が小さかったころによく遊んでもらったこともある。精悍な顔つきをした、体中から健康的な匂いを漂わせている印象を持つ人だ。
だけれど父はどうしてだか、家康さんのことをひどく毛嫌いしていた。

「……一緒に出かける、だと?」

携帯を持つ父の手が震える。
そして次の瞬間、彼は両手で携帯を持ち直すと本来の開閉方向とは逆の方向にそれを折った。ベキリ、と嫌な音がした。

「ちょっとお父さんなにしちゃってんの!?」
「貴様こそなにをしている! 不純異性交遊など私は認めんぞ! しかもよりによって家康などと!!」
「不純いせ……お父さんのバカ! 普通限度ってものがあるでしょう! 携帯壊すとかなに考えてんの!? もうお父さんなんて大っ嫌い!!」

売り言葉に買い言葉だった。ほとんど無意識に、私はそれを口にしてしまっていた。
しかし落ち着いてみると、そういえばその言葉が父の地雷であったことを私は思い出した。
慌てて父を見る。先ほどまでの憤りはどこへやら、まるで迷子になった子供のような表情を彼はしていた。瞳には悲しみの色が溢れ、唇は強く噛みすぎて形が歪んでいる。
私が口を開こうとするのを遮るように父は素早く踵を返した。彼はそのままスタスタと廊下を歩いていって、リビングへと続く扉を開ける。
私は急がなきゃ、と思った。適当に靴を脱いで玄関に上がる間、真っ二つになった携帯が床に落ちているのを見たけれど、もうなにも思わなかった。
父はリビングの隅で膝を抱えて縮こまっていた。
いつもこうなのだ。普段の父から考えれば「それが親に向かって使う言葉か!」と叱責されそうなものだが、実際は予想外の反応が返ってくる。

「お父さん」

静かに呼びかけると、父はゆっくりと顔を上げた。彼は疲れきった顔をしていた。

「お父さん。ごめん。大嫌いなんて言って。もう二度と言ったりしないから。ごめんなさい」

小さくなってしまった父を屈んで抱きしめる。そっと背中に触れるとわずかに震えているのがわかった。私は急に泣きたくなった。
このやりとりを私たちは何度続けてきただろう。私は何度同じことを言ってきたんだっけ。
お父さんなんて大嫌い。もう二度と言ったりしない。ごめんなさい。

「……詩織」
「うん」
「頼むから、頼むから、お前だけは……」
「大丈夫。私はいつまでもお父さんの娘だよ」

結局私は許してしまう。たとえどんな理不尽な目にあったとしても。
彼には私しかいないのだ。私が許さなければ、他に彼を許してあげられる人なんていない。だから私はこうやって、いつまでも同じことを延々と繰り返している。
そんなこと、父は知らないだろうけど。



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