眠れない……私はそう思いながら、今夜何度目かの身じろぎをした。
なんだか目が冴えてしまっている。それに、苦しい。榎木津さんが馬鹿みたいな力で私を抱き枕としてかかえて眠っているのだ。
「僕はもう寝るぞ!!」と宣言した彼は、私をベッドに連行してからすぐお休み三秒で夢の中の世界へ
入ってしまった。
寝つきはいいのに寝起きは死ぬほど悪いんだよなこの人。
それにしても、ほんっとうに綺麗な顔してるよなあ。窓からさしこんでくる月光に照らされたその肌は、いつもよりさらに白く見えた。動いたり喋ったりしていない分、余計にギシリャ彫刻のようだという印象を強く受ける。
……正直な話、すぐ近くにこんなご尊顔があって落ち着いて寝ていられるわけもないのだが。
「なんか飲んでこよ」
そう思ってもごもごと榎木津さんの腕の中から抜け出そうとしたとき
「なんだ。眠れないのか」
頭上からやや掠れた声が聞こえてきた。
「あ、すみません。起こしてしまいましたか」
「抱き枕が逃げようとしていたからな」
「い、いや、その、目が冴えてしまって」
「成長期にたくさん眠っておかないと、大きくなれないぞ。しょうがない。今日は僕が特別に子守唄を歌ってあげようじゃないか」
成長期なんてもうとっくに終わってるんですけど……彼は私のことを女学生のように見て接している風がある。
それにしても、榎木津さんの歌う子守唄なんて大丈夫なんだろうか。余計に眠れなくなりはしないだろうか。どんな破天荒な歌詞やリズムが彼の唇から飛び出るかわかったもんじゃない。
しかし、心配は杞憂に終わった。
「♪〜♪♪〜♪〜〜」
普通に上手かった。そういえば探偵になる前は
お兄さんの経営するジャスバーでギターを弾いていたんだったか。腕前もなかなかのものだったと聞いたことがある。
この曲、知ってる。洋楽だ。現代でも耳にしたことがある。歌詞は知らないけれど、BGMとして聞き覚えがあった。
「ほら、もっと君も僕に体を寄せて。心音を聞くと眠くなるんだそうだ」
「うお」
彼の腕に再び力がこもり、私は顔に胸を押しつける形になった。
温かい。ドクドクと一定のリズムを奏でる心臓の音が聞こえた。
ああ、この人も、生きてるんだ。
なんだか酷く安心した。
私はそっと榎木津さんの背中に腕をまわした。
「なんだか、眠れる気がしてきました……」
「僕の手にかかればこんなことは容易い! さあ、今度こそ朝まで二人でぐっすり眠ろう」